流体中における拡散ダイナミクス

<序>
超臨界流体についての基本的な解説は、こちらの資料PDF版)を参照されたい。(物化への直リンク

[流体中の分子のイメージ]
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SCFimage

 分子が詰まった部分と分子のすかすかの部分があり、その密度はミクロな視点においては一様でない。しかも、このイメージは時間に対しても大きく変化しており、常に離合集散を繰り返している密度揺らぎの大きい構造をしている。
 このような環境は、分子は斥力相互作用支配の液相にも、また、熱運動支配の気相にもない、引力相互作用が強く現れる特性がある。
 したがって、親溶媒性の溶質を入れれば、溶質溶媒相互作用が増強して現れる。
 また、疎溶媒の溶質については、溶媒どうしで集まり、溶質には積極的に近づくことはない。

 このような環境で、分子はどう動き、どう反応していくのだろう?

 反応においては二分子以上の反応においては、それぞれの拡散定数の情報が不可欠である。
 流体中での溶質の拡散定数と、反応速度や流体中での特異的な反応との関係性については、一般的に十分な議論はなされておらず、個別的な理解にとどまっている。
 われわれは、溶質の拡散定数についてどのような密度依存性を持つか議論し、その反応との関連について考える。


<超臨界流体中のラジカル分子の拡散定数の測定>
 ラジカル分子は反応に直接関わる分子であるが、通常は過渡的な分子であり、その拡散定数は従来の手法で測定することはできない。しかし、過渡回折格子法はきわめて小さい領域における屈折率の変化をとらえるため、短寿命分子の拡散を測定することが可能である。
 われわれはすでに過渡回折格子法を超臨界流体中に適用しているが、アルコールや水、シクロヘキサンなどの比較的高温である超臨界流体についても適用し、超臨界流体中でのラジカル分子の拡散定数を決定することに成功した。

[エタノール中におけるベンゾフェノンケチルラジカル(BPK)の拡散を示すTG信号]
(左図:355K, 150MPa, 右図:543K, 50MPa)
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TG signal

 この信号を減衰の速い順から熱拡散、(酸素に関連する未同定の分子拡散)、親分子の拡散、ラジカル分子の拡散と同定し、それぞれの拡散定数を算出することができる。
 このうち、親分子とラジカルはほぼ同じサイズであるが減衰寿命が違うため、拡散定数も大きく異なっていることがわかる。この違いは相互作用が違うことに由来すると考えられる。そこで、親分子の拡散定数とラジカル分子の拡散定数をおのおのの密度で比較することで、引力相互作用がどのように拡散定数に影響を及ぼすか考察した。

[エタノールおよびシクロヘキサン中における、BPKおよびフェナントレンの拡散定数比の密度依存性]
 なお、親分子にあたる拡散定数は、近似として分子サイズの似たフェナントレンの拡散定数を用いた。
 これとBPKの拡散定数について比をとり、密度に対してプロットすると以下のようになる。

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 分子シミュレーションで予測した単純な減少傾向(密度を低くしていく方向に対して)とは共に異なっている。
 エタノール中の場合にはほとんど変化がない。これは溶媒との相互作用が異方的に強く働いているためと考えられる。(水素結合によるものか分極の効果かは現在も議論がなされており決着がついていない)
 シクロヘキサン中では、温度によるstepwiseな変化が見られるものの、ほぼ減少の傾向を示しているように思われる。ただし、このような挙動について、高い圧力における粘性係数の点からも説明が可能である。現在のところ、比較的低圧のデータをもとに、拡散定数の比の減少というシミュレーションの予測が対応している結果が得られたものと考えている。


<超臨界水中での酸素分子の拡散> 
 流体中での親溶媒性をもつ分子については多くの研究がなされているが、疎溶媒な分子については研究が緒についたばかりである。

 常温の水に無極性溶質である酸素を溶かすと、酸素分子の周りは水分子が近寄れないため、水分子は遠巻きにshellを形成する。
 では、高温条件、また密度の変化に対して周辺が希薄な環境になったとき、酸素分子はどのように拡散するのか?
 特に酸素分子の拡散については、常温においてですら詳細な議論をしたものはあまり多くない。

 われわれは超臨界水中における酸素分子の拡散についてMDシミュレーションを行った。ここでは、拡散定数だけでなく、その拡散に寄与する摩擦力を表す記憶関数についても評価した。
 その結果、中密度付近の酸素分子周りは、bulk領域よりも水分子の希薄な領域が広がる ことがわかった。これは水分子が酸素周りに集まるよりはむしろ水分子同士で近づこうとした結果である。

[常温常圧および647Kにおける様々な密度での動径分布関数]
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radf

 また、酸素分子はその記憶関数からも斥力の効果、すなわち酸素周りの構造に強く依存していることがわかった。しかも臨界点に近いほど、酸素周りの希薄な環境がより広い構造になるため中密度の臨界点に近い領域では、酸素分子の拡散定数が温度上昇に対して逆に減少する状態もみられる。

[中密度における水の拡散定数、および水中の酸素分子の拡散定数の温度依存性]
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