過渡分子の拡散過程


  溶液内の拡散過程は分子間相互作用と密接な関係があることが予想されながら、これまでそうした立場での研究が少ない。これは、拡散過程が基本的に非常に遅い過程であり、化学的に興味深い活性分子の拡散を測定することが不可能であったためである。従来は数時間から日のオーダーでしか測定のできなかった拡散過程を、過渡回折格子法を用いることでミリ秒からマイクロ秒の時間で検出し、初めて活性分子の拡散過程を研究することが可能となった。イオンラジカルと中性ラジカルの拡散の比較、不対電子を2個もつカルベンの拡散、あるいは水溶液系でのラジカル拡散の特徴などを研究し、拡散の分野でも多くの成果を上げることができた。例えば、不対電子対を2つ持つカルベン分子では、通常のラジカルと比べて更に拡散運動が遅いという、驚くべき現象が見い出された。また、イオンラジカルと中性の過渡ラジカルの拡散がほとんど同じであることも、従来の予想を超えた新しい発見である。水溶液系においては、有機溶媒系で観測されていた遅い拡散が見られず、ラジカルも中条分子と同じ拡散を示すことが明らかとなった。これは水の水素結合によるネットワーク構造と関係しているのでないかと推測している。

 また、過渡回折格子法による拡散研究を更に発展させるため、光学ヘテロダイン検出を開発し、実際に化学反応に適用した。通常のホモダイン検出では捉えられない微弱な信号も充分な精度をもって測定可能になり、ホモダイン検出では見過ごされていた微弱な成分の存在が確認され、拡散定数測定上非常に有用であることが確認された。

 また、周囲の環境と拡散過程との関係を明らかにするため、固液界面、気液界面における分子拡散を検出する手法を開発した。こうした界面における拡散現象は、分子数の少なさ、外的要因による乱れやすさなどのために、これまで全く報告例がない困難な測定である。こうした系でも、プローブ反射法を用いた過渡回折格子法により分子拡散を検出できることが分かった。固液界面においては溶媒構造の乱れのために特異的な化学反応が起こりうることを明らかにした。また気液界面においては、キャピラリー波と呼ばれる波により表面が乱され分子運動が速くなっていることを明らかにした。