溶液内での光励起エネルギーの熱化過程の研究
<序>
溶質分子が光を吸収するとそのエネルギーの一部は熱となって溶媒へ放出されるが、
振動エネルギーが熱として溶質→溶媒と受け渡される過程をとらえた例は少ない。また、
そのようなエネルギーの受け渡しを理解することは励起状態の溶質溶媒間相互作用を考
える上でも重要なファクターになってくる。
今回サンプルとして使用するマラカイトグリーンは、トリフェニルメタン色素(TPM dyes)
の一つであり、励起状態の失活を調べる上での典型的なサンプルとして用いられている。
MGの電子励起状態の寿命は数百フェムト秒と非常に速く、この研究にはもってこいの
サンプルである。
これまでの研究では、特定の分子では溶媒の水素結合強度が熱化を早めることや、励起分子から
周囲の溶媒への熱の受け渡しは最も近接している溶媒のうちの一部だけに受け渡されることなどが
分かっている。今回はイオン性の有機色素を使い、別種の分子間相互作用の観点から熱化を研究す
ることにした。
<実験>
過渡回折格子:FiberLaserの基本波(775nm)をprobeとして、その2倍
波(387.5nm)をpump光として測定。どちらもパルス幅は1ps。
また、励起光とプローブ光が同じ波長である同色グレーティングの配置でも実験を行った。
<解析>
溶液内で熱が発生すると、それに伴う密度変化、屈折率変化が起こるが、
早い時間領域ではそれが音波として振動する。
また、分子が光励起されてから熱放出されるまでには時間差があり、その分だけ音響信号が遅れる。
その遅れを、音響信号のピークを詳細にスキャンすることによって1ps程度という高い時間分解能で得ること
ができるようになった。
<結果>
T.溶質の濃度依存性
溶質の濃度を変化させてピークシフト値を測定した結果、濃度が高くなるにつれて10ps→0psと熱化時間が短くなっている。
これはエタノール等他の有機溶媒でも同じ傾向が見られる。
U.他のイオン性分子の添加効果
非イオン性のナフタレンを添加した場合には熱放出速度は変わらないが、シュウ酸や安息香酸を添加した場合には
明らかに熱放出速度が速くなっている。
添加物質 | 添加濃度/mM | τpd/ps |
安息香酸 | 14 | 1.9 |
シュウ酸 | 28 | 2.4 |
塩酸アニリン | 45 | 4.2 |
ナフタレン(比較用) | 12 | 5.8 |
非添加 | 0 | 6.3 |
V.別の励起分子との比較
有機溶媒中ではイオン性分子ではないp-ニトロアニリンに対して濃度を変化させてピークシフト値を
測定した結果、ほぼ4psで変化が見られなかった。
W.溶媒依存性
1mmセルで励起波長のOD=1という同条件のもとで、溶媒を変えてピークシフト値を測定した。濃度依存性と比べてみても、
ほとんど溶媒依存性は見られなかった。
溶媒 | τpd/ps |
エタノール | 6.8 |
2−プロパノール | 7.9 |
アセトン | 6.0 |
アセトニトリル | 6.5 |
<まとめ>
マラカイトグリーン電子励起エネルギーの熱化は、その濃度が高くなると速くなる傾向が見られる。その原因としては、
マラカイトグリーン陽イオンとその対イオン(シュウ酸)イオン的な相互作用が影響していると考えられる。そのことは、他の物質の添加による確認、
p-ニトロアニリンとの比較によって裏付けられた。さらに、一定溶質濃度で溶媒の極性を変えたがほとんど熱化速度に変化は見られず、マラカイトグリーンのようなイオン性の分子では
溶媒の極性の違いくらいでは熱化への影響は無く、イオン的な相互作用が重要な要素になっていることが分かった。