ミオグロビンの光熱変換過程におけるヘリックスの熱膨張の検出

<序>

 生体分子、特に蛋白質のダイナミクスは生体内での機能の理解を深めるという目的もあるが、分子体積の大きさ、発色団とヘリックス という特殊な分子構造等から純粋に物理化学的な測定対象としても非常に興味深い分野である。

 ミオグロビンは発色団であるヘム(鉄ポルフィリン)とそれを取り囲むヘリックスとから成っており、 共鳴ラマン・振動分光法によりヘムの励起エネルギー緩和、それに伴う溶媒分子(水)の温度上昇についての研究がすでに行われている。

 しかし、ヘムと溶媒の間に存在するヘリックスのダイナミクスを直接捕らえることは難しく、ヘリックスの熱容量、 膨張係数については静的な熱量測定による値に頼るしかなかった。この研究で静的なヘリックスの物理的性質との違いを明らかにし、 光熱変換過程以外の過渡現象においても有用なデータとなれば、と考えている。


<実験>

 過渡回折格子:FiberLaserの基本波(775nm)をprobeとして、その2倍 波(387.5nm)をpump光として測定。どちらもパルス幅は1ps。

ピコ秒過渡回折格子装置図



<解析>

 ピークシフト法による熱放出速度の解析については「高速熱化過程」の項目参照。

 今回は、へリックスの熱膨張を考慮に入れて、
Δn=(溶媒の熱膨張による音響成分)
+(ヘリックスの膨張収縮による音響成分)
という屈折率変化になることを理論的に導き出した。

 二つの成分の強度比は溶媒とヘリックスの定圧熱容量、熱膨張係数の比で決まってくるので、実験で得られた ピークシフト値と熱化時間のずれからヘリックスのα/Cpを求めることができる。



<結果>

 ミオグロビン還元体水溶液についてピークシフト値を測定したところ、-13.8psという結果が出た。

 α/Cpを変化させたときピークシフト値がどのように変化するかを計算した。

α/Cpの違いによるピークシフト値のずれの計算結果

α/Cpの違いによる信号の形の変化の計算結果

 以上から、実験で得られた値を満足するミオグロビンのα/Cpは、水の値よりも3.4倍であることがわかった。

 この値は、熱量測定での静的なミオグロビンα/Cpの2.5倍であり、光熱変換での過渡的な熱膨張の方が大きいことが分かった。