日本語/English
ホーム > 研究紹介 > 環拡張ポルフィリン
Expanded Porphyrin
サイズも機能も無限大

ポルフィリンは4つのピロールとそれらをつなぐ4つの炭素(メゾ炭素と呼ばれる)からなる環状化合物である。これに対し、5つ以上のピロールからなる大環状化合物は環拡張ポルフィリンと呼ばれている。これまでにいくつかの研究グループによって環拡張ポルフィリン類の報告がなされてきたが、ポルフィリン化学に見られるような系統的な研究が達成されているとはいまだ言えず、未開拓な分野である。 当研究室では、ピロール-メゾ炭素-ピロール-メゾ炭素…というポルフィリンと同じ繰り返し構造を持つ真の環拡張ポルフィリン化合物の合成に成功した。しかも、私達の合成法においては一連の環拡張ポルフィリン(ピロール数5個、6個、7個…)を同時に得ることに成功しており、環拡張ポルフィリン化学の新たな世界を切り開いた。環拡張ポルフィリン類は環サイズがポルフィリンよりも大きいというだけではなく、構造的、光化学的、磁気的、電気化学的、そして金属との錯体形成や分子認識といった多様な面においてもポルフィリンには見られない、特殊で興味深い性質を持っている。私達はまだまだ謎に包まれた「環拡張ポルフィリンの化学」を明らかにし、ポルフィリン化学を超える多様性・機能性を見出そうとしている。


環拡張ポルフィリンに関する包括的な総説

“Expanded Porphyrins: Intriguing Structures, Electronic Properties, and Reactivities”
S. Saito, A. Osuka, Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 4342.

“Aromaticity and Molecular Twist: Chemistry of meso-Aryl-Substituted Expanded Porphyrins”
T. Tanaka, A. Osuka, Chem. Rev. 2017, 117, 2584.



高濃度条件から生まれた環拡張ポルフィリン

当初我々はペンタフルオロフェニル基を有する電子不足なポルフィリンをピロールとペンタフルオロベンズアルデヒドの酸縮合により合成することを試みていた。通常、ポルフィリン合成ではポリマー化を避けるために希薄条件で酸縮合反応を行うことが知られているが(Rothemunt–Lindsey合成)、これを通常の10倍の基質濃度で反応させることでポルフィリン以外に一連の環拡張ポルフィリンが良好な収率で生成することに気がついた。濃度の他にも、置換基として電子不足なペンタフルオロフェニル基を用いることが鍵であった。これが環拡張ポルフィリン化学の幕開けである。



柔軟なπ共役系が生み出した奇跡

一般に、芳香族性・反芳香族性とはヒュッケル則にもとづいて予測することができる。すなわち、ベンゼンのような平面状の環状共役系(ヒュッケルトポロジーと呼ぶ)の場合「(4n+2)個のπ電子を持つとき芳香族性を示し、4n個のπ電子を持つとき反芳香族性を示す」ということは広く知られている。では、メビウスの輪のようにねじれている分子ではどうなるのだろうか?Heilbronnerは共役系を一周したときに、そのp軌道の位相が反転してしまう系(メビウストポロジーと呼ぶ)の場合、ヒュッケル則とは逆に4n個のπ電子を持つとき芳香族性を示し、(4n+2)個のπ電子を持つとき反芳香族性を示すという理論的予測をした。しかしながらメビウス型ねじれをもつ分子を作ることは難しいため、近年になるまでメビウス芳香族分子は合成された例がなかった。一方、我々は環拡張ポルフィリン類がメビウス芳香族性を発現させるのに良い系であることを見出した。これは環拡張ポルフィリンの柔軟で大きなπ共役系がメビウスねじれを誘起するのに適していたためである。現在では金属錯化やプロトン化など、様々な方法によって明確なメビウス芳香族性を示す分子を報告している。



広い内部空孔を生かす

ポルフィリンはその環内部にさまざまな金属を取り込んで1:1の錯体を形成することが知られている。取り込む金属によりその錯体の性質はさまざまであり、触媒としての利用・金属酸化状態の制御・磁性材料への展開といった応用への基盤となる。一方で、環拡張ポルフィリンはポルフィリンよりも大きな環状構造を有するため、柔軟で広大な配位場を構築することが可能である。例としては、金属複核錯体や特異な配位形式を有する金属錯体の合成が挙げられる。加えて、分子細胞分裂と呼ばれる異様な結合開裂・生成反応も見つかっている。また近年では金属に限らず、ホウ素やリンといった典型元素を環内部に取り込んだ錯体についても合成に成功している。



最大への挑戦

共役系に含まれるπ電子はいくつまで増やせるのか?化学者ならば誰しもが浮かぶ疑問である。しかしながら巨大なπ共役系化合物においては分子が容易にねじれることで共役系が途中で途切れるため、明確な芳香族・反芳香族性を発現させることは容易ではない。近年当研究室ではピロール環を10個以上含む巨大な環拡張ポルフィリンに対して金属錯化やプロトン化を行うことで巧みに分子構造を固定化し、明確なヒュッケルもしくはメビウス(反)芳香族性を示す化合物を合成することに成功した。現在でも我々は芳香族性の発現限界に日夜挑戦し続けている。



その他にも

上記のみならず我々は環拡張ポルフィリンの特性を生かして様々な機能性分子を創出してきた。例えば環拡張ポルフィリンの巨大なπ電子系はラジカルといった不安定化学種の安定化に絶大な力を発揮し、現在までに安定πラジカル種や非ケクレ型一重項ビラジカル種の創出に成功している。加えて、近年では環拡張ポルフィリンの大きく柔軟なπ共役系にπスペーサーによる架橋を導入することで1つの分子構造中に異なる2つ以上のπ共役系を有するアヌレノアヌレン性が発現することも見出した。