過去にメビウスねじれを有する化合物は幾つか報告されていたものの、部分的に大きなねじれを有するために共役系が途中で分断され、明確な芳香族性の発現には至っていなかった。一方、我々はヘキサフィリン、ヘプタフィリン、オクタフィリンのPd(II)単核錯体において明確なメビウス芳香族性が発現することを見出した。これは環拡張ポルフィリンの柔軟な骨格がなせる技である。
環拡張ポルフィリンの構造を規定する要因として内部NHにおける水素結合が挙げられる。通常、[32]ヘプタフィリンは塩化メチレン中で8の字型構造を取るためメビウス芳香族性を示さないが、アセトンやDMFといった極性溶媒中では分子内の水素結合が切断されメビウス芳香族性を発現する。また、[32]ヘプタフィリンの塩化メチレン溶液にトリフルオロ酢酸を混合することによっても同様にメビウス芳香族性が発現する。これは遷移金属錯化による構造固定化を用いずとも、適切な条件下においてメビウス芳香族性が自発的に発現するという興味深い結果である。
同様に[28]ヘキサフィリンについてもトリフルオロ酢酸でモノプロトン化することによりメビウストポロジーが誘起されることが分かった。加えて興味深いことに、[28]ヘキサフィリンにおいてはより強い酸であるメタンスルホン酸の添加によりジプロトン化が進行し、全ての分子内水素結合が寸断されることでヒュッケル反芳香族性を示す平面三角形型になることが分かった。
メビウストポロジーを誘起するには分子内ねじれを構成できる大きく柔軟なπ共役系が必要であると考えられる。実際、4つのピロール環を有するポルフィリンは剛直なπ平面を有するため20πと16πのいずれの場合においてもメビウス芳香族性の発現は報告されていない。一方、先に述べたように我々は6つのピロール環を有するヘキサフィリンにおいてメビウス芳香族性が達成できることを見出した。それでは5つのピロール環を有するペンタフィリンではどうだろうか?我々はN縮環[24]ペンタフィリンのRh(I)錯体においてメビウス構造が誘起されることを見出した。これは明確なメビウス芳香族性を示す化合物として最小の分子である。
メビウス芳香族分子の基底状態および励起状態における性質を正確に評価するには、π電子系に電子的摂動を与えうる金属原子を有しない系が望ましい。我々は[26]ヘキサフィリンを酢酸中で加熱することでベンゾピランが縮環したメビウス芳香族[28]ヘキサフィリンが得られることを見出した。これにより金属原子の摂動を完全に排除した系が達成され、各種分光学的測定によりメビウス芳香族分子の本質的な性質を明らかにすることが可能となった。
理論的にはメビウストポロジーにおいて4n+2個のπ電子を有する場合メビウス反芳香族性が発現することが予想される。しかしながらメビウス反芳香族化合物はヒュッケル芳香族分子と同数のπ電子を有するため、ヒュッケルトポロジーに優先してメビウストポロジーを構成することは容易ではない。我々は[30]ヘキサフィリンのリン二核錯体において、極めて珍しいメビウス反芳香族性が発現することを見出した。これは構造が明らかとなったメビウス反芳香族分子として初の例である。