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Subporphyrin
大きな可能性を秘めた、小さくて新しいポルフィリノイド。

合成の鍵はホウ素テンプレート

ピロールを5つ以上有する『大きな』環拡張ポルフィリンの化学を開拓した一方で、より小さなポルフィリノイドの化学にも興味が持たれた。しかしながら、そのような”環縮小ポルフィリン”を合成することは容易ではない。これは環縮小によるひずみや、中心の空孔がより小さくなることによるNH同士の立体反発によるためである。通常ポルフィリンや環拡張ポルフィリンはピロール類とアルデヒドの酸縮合などによって合成されるが、このときサブポルフィリンの生成は観測されないため、全く新しい合成法を開発する必要があった。

ここでサブフタロシアニンの合成法がヒントとなった。ホウ素をテンプレート(鋳型)として用いることで、2006年に世界で初めてサブポルフィリンを合成・単離できることを報告した。この時わずか1.4%という収率であったが、現在でも日々合成法の改良が続いており、置換基にもよるが最大20%近い収率で合成することが可能となっている。

ホウ素が生み出す深さ 1.4 Åの曲面π共役系

サブポルフィリンホウ素錯体は中心ホウ素の四面体構造に由来して、お椀型に湾曲した構造を有する。お椀の深さ (bowl depth)は6つのβ炭素の平均平面からホウ素までの距離で評価することができ、典型的なサブポルフィリンでは 1.4 Å程度の値を持つ。

このような湾曲π電子系を有する分子は近年非常に注目を浴びており、芳香族性、光化学特性、分子ダイナミズムなど基礎的な物性の研究が進んでいる。またサブポルフィリンはホウ素の価数に応じる形で様々な置換基をホウ素上に置換することが可能であり、この性質も機能性分子として新たな展開を期待させる。

小さなサブポルフィリンの大きな置換基効果

サブポルフィリンは環縮小により、他のポルフィリノイドと比べてメゾ位におけるβ水素の立体障害が小さい。 実際、1H NMR測定によりポルフィリンでは回転できずにほぼ直行しているメゾ位のアリール基が、サブポルフィリンでは –90 °Cという低温においても自由回転していることが分かっている。このように置換基の共平面化が容易なサブポルフィリンは、メゾ位の置換基によってその電子系に大きな摂動を受ける。この特徴を利用することにより、サブポルフィリンは精密な電子状態の制御が可能である。

サブポルフィンの骨格そのものを変化させる

ポルフィリンのβ位の二重結合が1つ還元されたクロリンと呼ばれる骨格は、天然にはクロロフィルなどに見られる重要な骨格である。サブポルフィリンについても、β位の還元によってクロリン型の類縁体が合成できる。

サブクロリンに対してさらなるβ位の還元を行うことで、サブバクテリオクロリンの合成も達成された。このとき、窒素原子のローンペアを含んだ14π芳香族性を示す奇妙な電子構造を有し、高い蛍光量子収率を示すなど興味深い分子である。

E. Tsurumaki, A. Osuka et al., J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 438.
S. Hayashi, A. Osuka et al., J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 4254.

さらに近年、サブポルフィンのピロール環を分解し、イミダゾール環などあらたな骨格を構築する方法が開発された。

K. Yoshida, A. Osuka et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 2492;
Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 338; Helv. Chim. Acta 2018, 101, e1800025.

ホウ素の化学として見たサブポルフィリン

現在までに報告されているサブポルフィリンは全てホウ素錯体であり、このときサブポルフィリンは環状の二価三配位の配位子と見ることができる。これまでに様々な脱ホウ素化反応やその他の元素をテンプレートとしたサブポルフィリン合成が試みられてきたがいずれも成功例は報告されていない。一方でこの特徴的なサブポルフィリンの配位環境を、脱ホウ素化反応や転位反応が起こりにくい剛直なホウ素錯体という視点で見ることができる。

たとえば、一般に不安定な反応中間体としてのみ観測される [B-O-O-H] や [B-O-O-B] といった部分構造を有する化学種を安定な形で単離し、その物性や詳細な結合長などの構造を実験的に決定した。このようにサブポルフィリンは機能性有機材料としてのみならず、ホウ素化合物の化学にも新しい展開をもたらしている。

E. Tsurumaki, A. Osuka et al., J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 1056.
E. Tsurumaki, A. Osuka et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 2596.

これからのサブポルフィリン化学

2006年に新しいポルフィリン類縁体として登場したサブポルフィリンは、上に挙げたような構造的・電子的な特徴からポルフィリンや環拡張ポルフィリンと並ぶ機能性色素の基本骨格となっている。また世界で初めて分子間の共鳴トンネル現象を観測するなど、他のポルフィリノイドとは全く異なる応用もされてきた。しかしながらサブポルフィリンの化学は未だ研究の初期段階にあり、さらなる展開が期待される魅力的な分子である。

最新Reviews
“Recent Advances in Subporphyrins and Triphyrin Analogues: Contracted Porphyrins Comprising Three Pyrrole Rings”
S. Shimizu, Chem. Rev. 2017, 117, 2730-2784.
“Subporphyrins: A Legitimate Ring-Contracted Porphyrin with Versatile Electronic and Optical Properties” (free PDF)
A. Osuka, E. Tsurumaki, T. Tanaka, Bull. Chem. Soc. Jpn. 2011, 84, 679-697.