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四面体型ホウ素に由来するお椀型構造

サブポルフィリンは中心ホウ素の四面体配位に由来して環全体がお椀型に曲がった構造をしている。その深さは6つのβ炭素の平均平面からホウ素までの距離を指標として評価することができ、一般的なサブポルフィリンでは1.4 Å程度の値をもつ。またお椀型構造に伴ってメゾ位の置換基とβ水素を遠ざけるように配置されるため、メゾ位の置換基はβ水素から受ける立体障害が小さくなり、よりサブポルフィリン環と共平面化しやすくなっている。この結果としてサブポルフィリンはメゾ位の置換基と有効に共役できるのである。これはメゾ位の置換基がβ水素との立体障害によりほぼ垂直に配置されるポルフィリンとの大きな違いである。サブポルフィリンはこの大きな置換基効果を生かすことで他のポルフィリノイドに無い様々な電子的なチューニングを施すことができるのが大きな特徴である。

ホウ素上の置換基の交換反応

サブポルフィリンの中心にあるホウ素上の置換基は安定性や取り扱いの容易さからメトキシ基がよく用いられるが、アセトキシ基[1]・フェニル基[2]・ヒドリド[3]・ペルオキシ基[4]など様々な官能基を置換することが可能である。またその他にも、小林らによってフッ素化やμ-oxo二量体の合成も報告されている。[5]このようにサブポルフィリンはメゾ位やβ位のみならずホウ素上の置換基の変換により、その電子状態の精密な制御が可能である。

また、適切な位置に配位部位を有するサブポルフィリンは自己組織化によって二量体や三量体を形成することができる[6,7]

[1] Y. Inokuma, A. Osuka et al., J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 4747.
[2] S. Saga, A. Osuka et al., Chem. Eur. J. 2013, 19, 11158.
[3] E. Tsurumaki, A. Osuka et al., J. Am. Chem. Soc. 2016, 137, 1056.
[4] E. Tsurumaki, A. Osuka et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 55, 2596.
[5] S. Shimizu, N. Kobayashi et al., Inorg. Chem. 2009, 48, 7885.
[6] Y. Inokuma, A. Osuka, Chem.Commun. 2007, 2938.
[7] D. Shimizu, A. Osuka et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 6613.

完全平面ボレニウムカチオン

上で見たとおりサブポルフィリンのホウ素上の置換基は様々に変換できるが、ではその置換基を取り去ったらどうなるだろうか。この答えとして、単分子の中で最も強力なBrønsted酸であるカルボラン酸類縁体を用いることでサブポルフィリン-ボレニウムカチオン種の塩を得ることに成功した。単結晶X線構造解析の結果、驚くべきことに図に示すような美しい平面構造を有していることが明らかになった。これにより、アキシアル位の置換基の交換反応がSN1型で起こるならば、その交換にともなってお椀の反転が起こることが強く示唆された。この結果は湾曲した分子の反転中間体の構造を実験的に確認したという極めて重要な意味を持つものでもある。

E. Tsurumaki, C. A. Reed, A. Osuka et al., J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 11956.

お椀の反転ダイナミクスの解明

サブポルフィリンの場合、お椀の反転にはホウ素上の置換基の脱離と再結合が必要である。これは結合の解離・形成を必要とせずに反転が起こるスマネンやコラニュレンといった他のお椀型π共役分子とは異なる特性である。

この反転のダイナミクスを調査するため、β位にキラルな置換基を有するサブポルフィリンが合成された。キラルな置換基を有するサブポルフィリンはお椀の反転によってジアステレオマーを生じるため(下図参照)、この異性化挙動をNMRによって詳細に分析した。その結果、サブポルフィリンのお椀反転がSN1型で進行することが強く示唆される結果が得られた。

K. Yoshida and A. Osuka, Chem. Eur. J. 2015, 21, 11727.

超分子化学への展開

サブポルフィリンはその曲がった構造から、フラーレンに代表される他の曲面状分子とよく相互作用することが予想される。2つのβ位を硫黄原子で架橋した二量体では、K = 1.9 × 106 M-1という大きな会合定数をもってフラーレンとの複合体を形成することが確認された。またそのサブポルフィリンとフラーレンとの共結晶の作成にも成功し、お椀の内側にフラーレンを包接した美しい構造が明らかとなった。

K. Yoshida and A. Osuka, Chem. Eur. J. 2016, 22, 9396.