液体の化学(吉村)
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last modified 2004.10.3.

7.電解質溶液

7.1. 誘電率

液体に電場をかけたとき、溶融塩や水銀など導電性の液体の場合には電気が流れるわけですが、絶縁性の液体の場合には、一般に分極といわれる現象がおきます。 平行平板のコンデンサーの間に液体を満たして電圧をかけると、何も入れない場合に比べて極板に蓄えられる電荷が増える、つまりキャパシタンス(静電容量)が大きくなります。 液体を満たした場合のキャパシタンスの増大比を比誘電率と呼びます。コンデンサーに蓄えられるエネルギーの大きさEは電荷量 Q の2乗に比例し、キャパシタンス C に逆比例します。

比誘電率の大きな溶媒は、イオンや極性分子を溶かしたとき容易に大きな分極を生じてイオンや極性分子を安定化し、またイオン間の相互作用を弱め電離を促進します。 このキャパシタンスの増大は、電場に比例して液体中の分子の電子雲がひずむ効果(電子分極)と、分子がその極性に応じて電場の向きに揃う効果(配向分極)とからなっています。 極性をもった分子に電場をかけるとき、電場の向きに揃うことで獲得するエネルギーと、乱雑な向きを取ることで得られる安定化の効果、エントロピーの効果が釣り合うところで現れる分極の大きさが決まります*。 ですから単位体積あたりの分子の双極子モーメントと熱運動のエネルギーの比が大きいほど分極がおきやすく、比誘電率も大きくなります。

*通常の大きさの電場では、分子の電場による配向のエネルギーはエントロピーの効果に比して圧倒的に小さく、分極の大きさは電場に比例すると見ることができます。

水やフォルムアミドなどの比誘電率が大きいのは、分子の双極子モーメントが大きいこともさることながら、いくつかの分子が水素結合で連なることで実効的に双極子モーメントの大きな1個の分子としてふるまう(エントロピーの効果はそのままで双極子モーメントだけが大きくなる)ためであると考えられます*。 極端な例として赤血球の懸濁液などでは、比誘電率が 10000 といった数字になるのは珍しいことではありません 。

*このことを定量的に表したものにカークウッド Kirkwood の g 因子があります。 これはある分子の双極子の向きに、周りの分子の双極子がどのように配向するかを評価するパラメータです。

7.2. 電解質溶液の電気分解と電気伝導

食塩などのイオン性化合物は、水に溶けてカチオン cation(陽イオン。陰極 cathode に引き寄せられることから)とアニオン anion(陰イオン。陽極 anode に引き寄せられることから)に解離します。 この溶液に電圧をかけると、カチオンは陰極にアニオンは陽極に移動して電気が流れるわけですが、電圧が数 V程度であれば陰極・陽極での電子の授受(電気分解)の過程が全体の電気の流れを決めます。 そのため食塩水に炭素棒電極を差し込み数 V 程度の電位をかけたときには、電極表面付近に電位差のほとんどがかかり、溶液のほとんどの部分は電場を感じない状態になります。 この電極表面付近で電位差のかかっている部分の厚みは 0.1 mol/L 程度の食塩水(海水を6倍に薄めた程度)でざっと 1 nm 程度、水分子が3個程度並んだくらいに相当します。 こんなに薄いので、かかる電圧が数ボルトでも電場としては非常に強く、十億V/m 程度、1 cm あたり数千万ボルトの電圧がかかっていることになります。 電子の授受は、このような状況下で起きます。

CIRCUIT

あまり電圧が高くない状態では、電極表面での電子の授受はほとんど起きません。 この状態で全体を電気回路として考えると、図のようにコンデンサーをつないだような状態と考えられます。 ですから交流を流すとインピーダンスとして 1/(Cω) + R が観測され、十分周波数が高い状態では電解質溶液の電気抵抗が測定できることになります。


7.3. 電解質溶液の電導度

水中のイオンの当量電動度 λ(25°C)
イオンλ / S cm2 mol-1
H+349.8
OH-198.3
Li+38.7
Na+50.1
K+73.5
Cs+77.3
NH4+73.6
F-55.4
Cl-76.4
I-76.8

電解質溶液はかなり高い電場においてもオーム抵抗(電流が電圧に比例する)としてふるまうことが知られ、食塩水などでは電導度(電気伝導度、電導率、導電度、導電率などともいいます)はおおむね濃度に比例し、異なる塩を比較する時に当量を用いるのが便利であることがわかっています。 そこで得られた電導度を電解質の当量濃度(通常 1 cm3 当たりの濃度で表されます)で割ったものを当量電導度(当量ではなく物質量を用いる場合にはモル電導度)と呼んでよく用いられます。 1 cm 角の四角い電極を 1 cm離して置いた時、0.1 mol/L の食塩水の電気抵抗はおよそ100 Ω程度になります。

非常に希薄な溶液での当量電導度をカチオンが共通の塩について比較すると、電気伝導度の差はカチオンの種類によらずに一定になります。 これはイオンの独立移動の法則(あるいはコールラウシュ Kohlrausch の法則)と呼ばれ、電解質が溶液中でイオンに解離して存在していることの重要な証拠です。 通常の電導度の測定のみでは、イオンの電導度の差しか求めることができませんが、電気分解を行った時の陰極・陽極での濃度変化などから、それぞれのイオンの電導度(易動度ともいいます)を算出することができます。

イオンの種類によって電導度は違いますが、通常出会うイオン種の水中での電導度はおよそ百 S cm2 mol-1 程度になります*。 イオンの中で、特に水素イオン(ヒドロニウムイオン)と水酸化物イオンの電導度は大きい値をとります。 これは周りの水分子との間で、水素イオンの受け渡しが起きるためであると考えられています。 水素イオン、水酸化物イオンの電導度が大きいので、電導度を測ることで、精度よく中和滴定の際の終点を定めることができます(電動度滴定といいます)。 また結晶イオン半径の大きいイオンの電導度が大きくなる場合も多く、嵩高い分子は動きにくいといった説明が成り立たないことも興味深いところです。

* S はジーメンスと読みオーム Ω の逆数です。

酢酸のように、一部しか電離していないような溶質(弱電解質)の電導度では、食塩などとは違ってほぼ濃度の平方根に比例するような挙動が見られます。 これはイオン濃度がほぼ濃度の平方根に比例して増加するためです。同様に電導度から、溶質分子の溶存状態を知る手がかりが得られることも多く、逆にこれを利用して物質の分離が行われます(電気泳動法。特に生体分子の研究では界面活性剤などを併用して多用されます)。

7.4. 電気分解と電池

十分大きな電圧がかかると、電極表面で酸化還元反応が起きるようになります。 さまざまな反応について、「標準酸化還元電位」というものが知られていますが、それは"標準的な状態"(反応物・生成物の濃度が 1 mol/L と想定されるような状態)において、最低限必要な電圧を与えるものです。 種々の金属等を標準酸化還元電位の小さい順(電子を放出しやすい順)に並べたものをイオン化列と呼び、反応の予測に有用です(たとえば塩化水銀(II)の溶液に銅線を浸けると、銅のアマルガムが生成する)。

ただし目で見えるぐらいの反応が起きるには、標準酸化還元電位から予想されるよりも大きな電圧をかけることが必要です(過電圧と呼ばれます)。 この余分に必要な電圧は取り扱う反応、電極の材質等に強く依存し、イオン化列からの予測が万能でないことは注意しておく必要があります。 たとえば水の電気分解の際、白金を電極に使うと水素の発生については過電圧は 0.1 V 程度ですが、鉛では 0.8 V 程度も必要になります。 この鉛の過電圧が大きいことが、鉛蓄電池の充電の際、陰極で水素の発生でなく金属鉛が析出する結果をもたらします。

なおしばしば、陽極ではアニオンのみが反応しカチオンは反応しないといった誤解があるようです。 しかし陽極でも Fe2+ → Fe3+ + e といった反応が起きますし、銀メッキでは陰極で Ag(CN)2- + e → Ag + 2CN- といった反応が起きることを利用しています。 中性分子でいうと水酸化ナトリウム溶液の電気分解で、陰極で水分子が分解して水素を発生するという例があげられるでしょう。 陽極にカチオンが近づくには静電的な反発が働くわけですが、電極表面で電位のかかっている部分が 1 nm 程度の厚みしかないために、容易に電子の授受を果たすことができるのです。

この電気分解を逆に利用して、電気を生み出すのが電池です。 現在、特に開発が進んでいるのは燃料電池といわれるもので、水素(他に一酸化炭素、メタノールなども)の酸素による酸化酸化反応を利用しています。 水素を用いる場合にはおよそ1.2 Vの電圧が得られます。 水の電気分解の逆をいくわけで、燃料電池には水ではなく、容易に電気分解を受けない溶媒が用いられ、リン酸を用いるもの(すでに商用化。約200℃で動作)、溶融塩を用いるもの(商用化間近?)などがあります。


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