.溶媒和の揺らぎと局所的な溶媒和

説明: 説明: 説明: 説明: D:\文書\homepage\Kimra1008\Image26.gif超臨界流体での溶媒和に関連して、数多くの分子の電子遷移スペクトルの研究が報告されているが、その多くはピークの密度依存性の定性的な議論、あるいは吸着モデルを用いた単純な局所密度による議論にとどまり、分子内振動構造や、溶媒和再配向エネルギー、あるいは電子移動速度の密度変化を検討したものはほとんど存在しなかった。我々は、これまでに共鳴ラマン分光法を超臨界流体に適用し、分子振動に対する溶媒効果からこれらの問題に対し典型的な答えをだしてきた。

 

1.二酸化炭素などの常温超臨界流中での溶媒和

例えば典型的なソルバトクロミズムを示す分子であるフェノールブルーに対して、超臨界流体を含む種々の溶媒中での電子遷移吸収および共鳴ラマンの測定をおこない、電子遷移エネルギーと分子内振動数の溶媒によるシフト及び揺らぎに線形の相関がある実験的証拠をはじめて提示した(図は種々の流体中でのラマンストークスシフトと吸収のピークを比較したもの)

 説明: 説明: 説明: 説明: scfPB.png

.超臨界水・超臨界アルコール中での溶媒和

では、超臨界水や超臨界アルコールのような水素結合性の超臨界流体ではどのような現象がみられるであろうか?超臨界水や超臨界アルコールは高温、高圧の実験が必要となるため、その溶媒効果に関しては非常に限られた研究しかなかった。われわれの研究グループでは、超臨界水に対してラマン分光法が適用できる高圧実験システムを構築し、種々の分子について興味深い溶媒温度、密度依存性を見出している。

説明: 説明: 説明: 説明: 図2.jpg

 

2.1. p-nitroaniline (pNA)

  典型的な例としてp-ニトロアニリン(pNA)のラマンスペクトルを測定した結果を紹介する。pNAは分子内に電子供与性のNH2基と電子吸引性のNO2基をもつ典型的なpush-pull型の分子であり、超臨界水や超臨界アルコール中で電子スペクトルのソルバトクロミズムが検討されてきた。これまでの電子スペクトルの研究では、これらの流体中での水素結合の寄与は小さいといわれている。はたしてそれは本当であろうか?我々は、これらの置換基に特異的なラマンバンドすなわちNO2伸縮振動ならびにNH2伸縮振動を検討し、その評価に成功した。

説明: 説明: 説明: 説明: 図3.png

下図はNO2伸縮振動の測定結果である。スペクトルは超臨界領域の水中でのNO2伸縮振動の測定結果である。下に行くほど密度の低い状態となる。密度が下がるにしたがって高振動領域にシフトしていくことがわかる。常温からみると、一旦低振動側にシフトしてから高振動領域にシフトすることがわかる。この振動数シフトの様子は吸収スペクトルのシフトと非常によく相関していることがわかった。左の図は両者の相関を示したものであり、溶媒の種類にかかわらず非常に良い相関を示していることがわかる。このことはNO2伸縮振動の振動数が、基底状態におけるpNAの電荷分離状態に強く影響を受けていることをしめす。詳細な電子状態計算の結果、この振動数の変化は観測されるNO2バンドには実はNO2の伸縮振動とC-NH2伸縮振動の両方のモードの寄与があり、両者の寄与の比が電子状態により変化することに由来するものであることがわかった。

説明: 説明: 説明: 説明: 図4.png

 NH2伸縮振動の変化はこれに対して、より局所的な情報を反映することがあきらかとなった。下左図は超臨界領域を含むエタノール中でのNH2伸縮振動の様子を表す。常温付近ではNH2伸縮振動はおそらくフェルミ共鳴により分裂している。超臨界領域に近づくにつれて低振動側のモードは強度を失い、ひとつのバンドとなることがわかる。先ほどのNO2伸縮振動の場合と同様に吸収スペクトルのシフトと相関をとったのが右図である。図に示されるように超臨界状態のエタノールやメタノール中では、おなじ吸収スペクトルをしめすベンゼンや四塩化炭素と比較して低振動側にシフトしていることがわかる。このことは、超臨界アルコール中にはNH2と溶媒分子の間に水素結合が存在していることを強く示すものである。

説明: 説明: 説明: 説明: 図5.png

 超臨界アルコール中での溶質溶媒分子間の水素結合の強さの評価を試みたのが下図である。図中の△はNMRによってHofmannらがみつもった溶媒エタノール分子間の水素結合の強さである。一方図中の●はNH2伸縮振動数の密度変化を表したものである。両者の密度変化は類似していることがわかる。低密度領域での大きな密度変化が超臨界流体に特徴的な局所密度増加に対応する。溶質溶媒分子間の水素結合度の変化が溶媒分子間のものと比較して非常に大きいことがわかる。

 説明: 説明: 説明: 説明: 図6.emf

2.2. p-Aminobenzonitrile (ABN)

 p-aminobenzonitrilepNAと同様のpush-pull型の分子である。そのCN置換基は、溶媒から直接の水素結合をおこなうとともに、溶媒との双極子・双極子相互作用を示す。したがってCN伸縮振動の振動数は溶媒の物性に応じて非常に複雑な変化をしめすことが期待される。我々は超臨界水を含む、種々の超臨界流体中でのラマンスペクトルの測定をおこない、このCN振動数がどのような変化を示すのか詳細に検討をおこなった。

図に超臨界水中でのスペクトルの測定結果と、種々の超臨界流体中でのピーク位置の換算密度(r)依存性を示す。図に示されるように、特徴的なV字型依存性を示す。解析の結果、この見かけのシフトは種々の効果が組み合わさった結果生じているものであることが分かった。主な要因としては、

@    分子間斥力による高波数シフト(DnR)。これは特に高密度領域で顕著となる。シクロヘキサンでみられる高波数側へのシフトの要因の一つ。

A     温度上昇によるスペクトルシフト(DnT)。図中●で示すのはABNの蒸気のラマンスペクトルからみつもったCN伸縮のシフトであり、温度上昇にともなって低振動側にシフトすることがわかる。これは図中の換算密度が高い等圧条件下での温度変化曲線の部分に寄与する。

B    分子間引力によるシフト(DnA)。溶媒分子のもつ双極子モーメントなどの極性に由来するシフトで、密度増加に比例して低振動側シフトを示す。

C    水素結合によるシフト(DnHB)。CN置換基に対する直接の水素結合が高振動側シフトをもたらす。

以上の4つの要因を考慮することで、シフトに対する水素結合の寄与の効果を検討した。その結果、ABNにおいては常温付近の水中において、顕著な水素結合による効果が観測されていることが明らかとなった。

 

 このような振動数シフトをもたらす溶媒和の詳細を検討するため、京都大学大学院工学研究科分子工学専攻の佐藤先生の協力により、RISMSCFをもちいて超臨界水中でのABNの電子状態計算をおこなうことに成功した。その結果、特に第二励起状態(S2)において顕著な溶媒効果が存在し、また、常温付近で顕著な電子状態の変化が観測されることが明らかとなっている。今後、こうした溶媒効果による電子状態変化と振動スペクトルを結びつける理論の構築が期待されている。

 

 2.3. Decafluorobenzophenon (DFBP) and decafluorobenzophenon ketyl radical (DFBPK)

 超臨界流体中で反応中間体ラジカルがどのような構造をとっているかは非常に興味深い問題である。これまで超臨界流体中での反応中間体のラマン測定に関しては、二酸化炭素中のベンゾフェノンの三重項の測定があるだけで、十分な検討はなされていない。我々は時間分解ラマン分光の手法を適用し、超臨界アルコール中でのラジカルのラマンの測定を試みた。図に示すように、ラジカルの反応収率の大きい2-プロパノール中でのDFBPの水素引抜反応を対象とした。また測定条件としては355nmで光励起をおこない、水素引抜によって生成したラジカルの吸収バンドに共鳴した532nmでラマンプローブをおこなった。

下図に示すように光励起後、ラジカルのC-O伸縮振動ならびにベンゼン環の骨格振動に由来するバンドが観測される。これらのバンドを対象として、常温から超臨界状態の温度(520K)まで等圧条件で温度を変えながら測定をおこなった。

測定の結果温度上昇とともにいずれのラマンバンドも低振動側にシフトするともに線幅がひろがっていくことが明らかとなった。線幅の広がりはラジカルのほうが安定分子に比較して大きく、このことはラジカルの構造揺らぎが超臨界状態で助長されていることがわかる。

 

 

ページトップに戻る。

研究概要に戻る。