京都大学着任後始めた新しい研究展開 (更新 2013年5月27日 更新!! )
●顕微光学と分光学を駆使した光合成膜の研究
●光合成膜光化学の観察を通じた新しい分光学的の発見
目標
@ 光合成膜は光合成生物の環境順応や、成長(分裂、分化)などに応じて様々な変化を示します。
それらを生理的条件下で追跡し、電子顕微鏡では得られない知見を得ること。
A 上記の目的に最適なレーザー顕微分光、レーザー顕微光学的手法を開発、改良すること。
B 光合成膜の研究を通じて、新しい光化学的、光物理化学的現象が発見できることが分かりつつあり、
その基本原理を理解すること。
つまり、
植物生理学的側面と、レーザー顕微分光学的側面と言う二つの大きく異なる分野の融合を目指しつつ
新しい分子分光学的現象の発見を行っていきます。
<大学院生募集 平成25年度研究室に入ってきた4回生は光物理化学全体で2人です。
外部学生(京都大学の内も外も)にとってよい機会です。>
これまでの経歴や今もっている知識にこだわらず、やる気のある学生さんなら歓迎します。
勉強すべき分野、あるいは役立つ知識(全部最初から知らなくてもいい。私も多くの部分で勉強中)
レーザー物理、光学、顕微光学、光と物質の相互作用、分子分光学、有機光化学、非線形光学......
植物生理学、特に光合成、...
コンピューターによる実験装置の制御、数値解析、機械・金属部品設計
細胞培養、植物栽培、分子生物学、葉緑体単離などなど
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この研究は特定領域研究(平成16年度―平成18年度)という予算で2004年夏に開始しました。
従来の単離色素タンパク質試料に関する超高速分光学的研究が現在休止中で、目下の研究の柱は光合成膜に関する顕微分光です。
では奥行き超解像顕微鏡の製作を行いましたが、残念ながら完成には至っておりません。その課題期間中の最大の収穫はアンチストークス蛍光により
光化学系Iの蛍光を常温で観察できるという新しい方法を発見したことです。
一方、光合成生物の応用も考慮した研究も開始しております。
要点
できれば葉緑体やシアノバクテリア細胞内の内部構造を見ながら光化学的特性と構造の相関を理解する。
分光学的発想で、生物学的研究との違いを追及する。
しかし、分光学的自己満足に終わらないで、生物学的に重要な現象の理解を深めたい。
現在は、微細光合成生物をエネルギー生産のために利用するための基礎研究 を遂行中。
研究業績 (顕微分光関連限定)
原著論文
5)Shigeichi Kumazaki*
Anti-Stokes fluorescence of oxazine 1 in
solution with continuous wave laser excitation at 785 nm
Chemical Physics, 2013, in press
http://dx.doi.org/10.1016/j.chemphys.2013.02.030
要点:Oxazine 1をエタノールに溶かした溶液で、ほぼ会合体の影響がない濃度で、アンチストークス蛍光の励起確率を785nm励起(連続発振レーザー励起)の場合に見積もった。最低一重項励起状態への吸収極大(646 nm)で吸光係数は1.3×105と報告されているが、785 nm, 808nmでは0.06, 0.01と見積もられた。これらの値は646nmと励起レーザーの波長の間のエネルギー差をボルツマン因子に代入して縮重度を考えずに見積もった値によってうまく予測できる。この吸光係数は一重項基底状態と一重項励起状態が寄与すると仮定した場合の下限であり、もし、一重項基底状態から三重項励起状態への寄与があるならばその吸光係数はこの報告値より大きい可能性が有る。しかし、アンチストークス蛍光が近赤外励起を採用する顕微分光の様々な場面(多光子励起蛍光顕微鏡、ラマン散乱スペクトル顕微鏡、誘導放出による励起状態の脱励起を利用した超解像蛍光顕微鏡(STED)など)において吸収確率の指標を得ることは非常に重要であろう。
4)Shigeichi Kumazaki*, Masashi Akari and Makoto Hasegawa
Transformation of Thylakoid Membranes
during Differentiation from Vegetative Cell into Heterocyst Visualized by
Microscopic Spectral Imaging
Plant Physiology, 161, 1321 – 1333,
(2013)
http://dx.doi.org/10.1104/pp.112.206680
http://www.plantphysiol.org/content/161/3/1321.abstract
要点:[背景] 一部のシアノバクテリアは窒素栄養源が不足する環境でも安定な2原子分子のN2からアンモニアなどの窒素化合物を作り出し、自らの栄養素とすることができるので、最も貧栄養な環境でも生態系の初期基盤を形成することに不可欠の貢献をしている。窒素固定を行う酵素、ニトロゲナーゼは酸素によって不活性化されてしまうので酸素発生型光合成、とりわけ光化学系IIの反応と共存することができない。そこで、糸状に細胞が連結したシアノバクテリアであるアナベナの場合は数個から20個の細胞のうちの1個の細胞だけを異型細胞(ヘテロシスト)として細胞分化させ、その異型細胞でのみ窒素固定を行い、異型細胞では光化学系IIの量と活動を低下させる。しかし、光化学系Iは異型細胞でも残存し、光化学反応を維持すると言われている。それは光化学系Iのみで可能な光エネルギーを利用した循環型電子伝達によりチラコイド膜内外のプロトン濃度勾配を作り出し、ATP生産を維持するためと言われている。ニトロゲナーゼによる窒素固定反応に必要な大量のATPを供給するために光化学系Iが必要とされる。このように酸素発生型光合成を行う通常の栄養細胞から異型細胞が形成される数十時間という時間の間に起こる変化は劇的なものであるが、その詳細を細胞毎に調べる試みはこれまで不十分であった。我々は細胞毎の顕微蛍光スペクトルと顕微吸収スペクトルを得ることができるので、これを用いて、異型細胞が形成される生理的な過程の一部始終を観測することを行った。
[試料、方法] 窒素充足条件下で培養されていた糸状連結シアノバクテリアAnabaena variabilisを窒素欠乏培養条件に移植した時刻をゼロ時間とし、その後12−24時間ごとに、同一フィラメント上に連結された数個の細胞の顕微蛍光スペクトルと顕微吸収スペクトルを60−96時間にわたって観察した。 顕微分光の励起は近赤外パルスレーザー(808 nm)による2光子励起と近赤外連続発振レーザー(785 nm)による1光子励起を採用し、蛍光スペクトルは600 – 755 nmで2 nmの波長分解能で得た。
[結果] 二光子励起蛍光スペクトルでは光化学系IIと光化学系Iからのクロロフィル蛍光、および主に光化学系IIに励起エネルギー供給するフィコビリン色素の蛍光スペクトルが観測された。特にヘテロシストでは系IIのアロフィコシアニンが同時に消失することがわかり、その消失はエネルギー移動の上流のフィコシアニンやフィコエリスロシアニンより早い子ことが分かった。近赤外1光子励起では光化学系Iが純度高く検出され、これまでにない信頼度で細胞毎に見積もることに成功した。
光合成学会の「私の論文」コーナーにも自作論文紹介記事を載せています。
http://photosyn.jp/column-mypub_10.html
3) Makoto Hasegawa,Takahiko Yoshida,Mitsunori Yabuta,Masahide Terazima, and Shigeichi Kumazaki*
Anti-Stokes Fluorescence Spectra of Chloroplasts in Parachlorella kessleri and Maize at Room Temperature as Characterized by Near-Infrared Continuous-Wave Laser Fluorescence Microscopy and Absorption Microscopy
Journal of Physical Chemistry B, 115, 4184 – 4194, (2011)
雑誌へのリンク http://dx.doi.org/10.1021/jp111306k
要点:顕微アンチストークス蛍光を使うと、従来77K等の低温で測定されてきた光化学系Iの蛍光スペクトルを常温で観測できるが、その常温における極大波長は77Kなどの低温で得られている極大波長と相関関係を示すことを緑藻(クロレラ)と植物(トウモロコシ)の違いで確認した。また、単量体クロロフィルに比べ、クロロフィル会合体の吸収、蛍光波長は長波長シフトし、蛍光量子収率は大幅に低くなるが、連続発振近赤外レーザーを顕微蛍光スペクトルの励起に用いると、クロロフィル会合体のアンチストークス蛍光スペクトルが得られ、クロロフィル会合体を感度よく観測できることが分かった。これは、クロレラ細胞をアセトン処理(体積濃度15%)して葉緑体の細胞が本来の蛍光スペクトルからクロロフィル会合体を含んだスペクトルへと変化していく様子を10時間以上にわたって追跡して実証された。この際、顕微吸収スペクトルと顕微蛍光スペクトルによって同一細胞の変化を観察し、二つの顕微分光の情報が整合的であることも確認できた。
2)
Makoto
Hasegawa, Takashi Shiina, Masahide Terazima and Shigeichi
Kumazaki*
Selective
Excitation of Photosystems in Chloroplasts Inside Plant Leaves Observed by
Near-Infrared Laser-Based Fluorescence Spectral Microscopy
Plant
Cell Physiology, 51
要点:常温で光化学系Iを高選択的に励起して光化学系Iの蛍光をイメージングする新しい手法を発見し、提案しました。
これは、830nmという長波長の光でも、光化学系Iの蛍光を730nm近辺に観察できるというもので、単純な2光子励起では説明できない現象です。
トウモロコシの葉の切片内部の葉緑体で、常温において、明確にグラナチラコイドとストロマチラコイドの蛍光スペクトル差を見出しました。
この現象を利用してさらに広範囲にチラコイド膜の性質を調べています。
1) *S.
Kumazaki, M. Hasegawa, M. Ghoneim, Y. Shimizu, K.
Okamoto, M. Nishiyama, H. Oh-oka and M. Terazima
A Line-Scanning Semiconfocal Multiphoton
Fluorescence Microscope with a Simultaneous Broadband Spectral Acquisition and
its Application to the Study of the Thylakoid Membrane of a Cyanobacterium
Anabaena PCC7120.
Journal
of Microscopy, Vol. 228, 240 - 254, (2007)
要点:2光子励起ライン走査蛍光スペクトル顕微分光システムを独自に開発しました。市販品の単なる組み合わせではありません。
シアノバクテリアの一種アナベナのチラコイド膜を観察したところ、細胞中心部に近いチラコイド膜ほどフィコビリゾーム蛍光が相対的に強くなる(蛍光スペクトル形状が短波長にずれる)ことを見出しました。全ての細胞で必ず見える現象ではありませんが、細胞内再吸収や散乱では説明できず、確かにチラコイド膜の性質が細胞中心部と細胞外縁部で異なることを示しています。
この論文は生物学・医学における光学の応用を扱う国際誌”Biophotonics International”で紹介されました。>>リンク
本の執筆
1) *Shigeichi Kumazaki, Makotoh
Hasegawa, Mohammad Ghoneim, Takahiko Yoshida,
Masahide Terazima, Takashi Shiina, Isamu Ikegami
“Three-Dimensional High-resolution Microspectroscopic Study of
Environment-Sensitive Photosynthetic Membranes”(Ed. by H.Fukumura,
M.Irie, Y.Iwasawa, H.Masuhara and K.Uosaki)in
Molecular Nano dynamics, Volume 2 Chapter 30, pp589 - 606, Wiley-VCH, (2009).
熊崎茂一「葉緑体の内部をレーザーで探る」(章著)「反応すれば形が変わるナノの世界〜細胞から結晶まで〜」
2009年、pp. 108 −117、クバプロ (ISBN 978 – 4 – 87805 – 099−2)