結晶とは、原子やイオンが特定の規則に従って並び、その構造が三次元的に周期的に繰り返されたものです。この規則的な並びが結晶の性質を決める重要な鍵になります。私たちの研究室では、さまざまな化合物の「相」を理解・制御することによって、まだ誰も見たことのない新しい化合物の開拓を目指しています。 例えば、温度や圧力の変化によって示す相転移(構造や物性が変わる現象)を最先端の測定手法および理論計算を用いて調べることで、新しい「相」とそれに伴う面白い物性の発現が期待できます。 これらの研究を通じて、物質が示す多彩な振る舞いの仕組みを理解し、エネルギー材料や機能性材料の新しい設計指針につなげることを目指しています。
金相研に於ける物質合成、試料評価、および物性測定に用いる装置
複合アニオン化合物
金属酸化物はこれまで様々な金属元素(カチオン)の組合せにより膨大な数の構造が報告されてきましたが、金属の配位構造は基本的に共通する場合が多く(例えば銅であればCuO4平面四配位など)、得られる機能性には大きな制約がありました。 しかし、酸化物に対してアニオン欠損を導入したり、酸素を水素や窒素、フッ素などで交換したりすることで、配位構造のバリエーションは格段に広がります。例えば、MO6八面体(Mは金属)に対し二つの酸素を水素に交換すれば、 MO4H2八面体にはcis配置と trans配置という異なる配位状態が生まれます(図)。 このようなローカルな配位環境の違いは遷移金属のd軌道の分裂や相互作用の異方性を生み、 物質に与える機能性に広がりを与えます。さらに、複合アニオン化合物では、 価数、電気陰性度、分極率、サイズなど各アニオンの個性を活かすことにより物質設計に新たな次元を加えることが可能であり、そのような意味において複合アニオン化合物の探索は興味深いと考えています。 酸水素化物の研究 (JACS 2023, Inorg. Chem. 2022, Inorg. Chem. 2021, Chem.Mater. 2018, Nat.Commun. 2017など), 酸窒化物の研究(Nat. Commun. 2020など), 酸セレン化物の研究 (Angew.Chem.Int.Ed.2019, PRB 2016)などを行ってきました。
ペロブスカイト構造におけるアニオン欠損制御
ペロブスカイト構造は酸素(アニオン)欠損に対して非常に柔軟であることも大きな特徴です。例えば、酸素欠損ペロブスカイトABO3−d(d は欠損量)において、多くの物質でアニオン欠損量dを連続的に制御することが可能です。また、様々な物質においてアニオン欠損が秩序化し、線欠陥や面欠陥をもつ多彩な周期構造が現れることも知られています。アニオン欠損を自在に制御できれば、様々な新物質(新構造)を創出できるだけでなく、物性を自在に調整することも可能になります。
これまでに、ペロブスカイト(111)面に沿ったアニオン欠損をもつ15R構造と呼ばれるSrVO2.2N0.6(Nat. Commun. 2020)や SrV0.3Fe0.7O2.8(Inorg. Chem. 2022)といった新規物質を報告してきました。これらの物質は周期的な (111) 面欠損により層状構造をとり、二次元金属的挙動や室温での磁気抵抗など興味深い性質を示します。またSrVO2.2N0.6 では、基板からの応力を利用することで欠損面の方位や周期性を制御できることも示しました。
さらに、2007年にはペロブスカイト鉄酸化物SrFeO3の粉末試料を水素化カルシウム(CaH2)粉末と混合し、約 300℃の温度下で真空熱処理することにより、酸素サイトが層状に欠損した構造をもつSrFeO2 が生成することが報告されました。SrFeO2における鉄(II)はヤーン・テラーイオンではないにもかかわらず平面四配位をとり、学術的に大きな新規性をもつことが明らかになっています。通常の鉄は八面体や四面体といった三次元的配位構造をとるため、この構造は特異的です。
私はこの SrFeO2のSrサイトを置換することで、新規構造をもつBaFe2(JACS 2012, Inorg. Chem. 2010)や (Sr,Ln)FeO2+d(Inorg. Chem. 2016)を報告しました。また、FeサイトをMnで置換することで新規の磁気構造も発見しています(PRB 2011, Inorg. Chem. 2011)。
有機-無機ハイブリッド化合物
上記の「複合アニオン」の概念をさらに発展させ、有機–無機ハイブリッド化合物にも着目し、無機化学の枠にとらわれない融合的な新規分野の開拓を目指しています。有機カチオンを利用したペロブスカイト物質は、近年、太陽電池を含む光電子デバイスへの応用が期待される有望な材料として注目されています。有機物と無機物を組み合わせた物質系は膨大であり、多くの新物質が未開拓のまま眠っていることは明らかです。 さらに、有機カチオンだけでなく、チオシアン酸のように従来の無機化合物探索ではほとんど利用されてこなかったアニオンも積極的に活用することで、これまでの無機物質では得られなかったような機能をもつ物質群の創出を目指しています(Inorg. Chem. 2020, CrystEngComm 2022, JACS 2023, ACS Mater. Lett. 2024)。
高圧下における構造や物性の変化
岩塩型構造をもつ物質が、高圧下で塩化セシウム型構造へ構造相転移することは、古くからよく知られています。このような B1–B2 構造相転移が、岩塩型ブロックと平面四配位ブロックのインターグロース構造をもつSr3Fe2O5 や A2M O3(A = Sr, Ca; M = Cu, Pd)においても生じることを明らかにしてきました(Inorg. Chem. 2022, Inorg. Chem. 2019, JACS 2011, Inorg. Chem. 2011)。
また、平面四配位鉄酸化物における特異なスピン転移について、向かい合う鉄平面四配位同士の相互作用が重要な役割を果たしていることを明らかにしました(JACS 2011)。さらに、置換効果による転移圧の変化についても検討しました(Inorg. Chem. 2016, JPSJ 2017)。
加えて、ヒドリドが高圧下で示す特異な性質についても明らかにしてきました(Nat. Commun. 2017, Inorg. Chem. 2019)。さらに、超伝導体 BaTi2Sb2O において、Sb–Sb が二量体を形成する圧力誘起構造相転移を明らかにしました(Inorg. Chem. 2021)。