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レポートや修士論文の作成に際して

文章を書く時には、約束ごとがあります。また、生物学関係の学術的な文書を書く時にも、その分野に特有の約束ごとがあります。それらは歴史の中で習慣として定着してきたことで、たとえつまらないことのように思えても、文書を作成する時にはある程度決まった形式に従って書くことが一般に行われています。ところがこのところ、レポートや修士論文の原稿を見ると、文書の形式などの基本的なことができていないことがあり、その修正に時間をとられることが思いのほか多くなっています。そのようなことを少しでも減らすために、生物学関連の文書を書く時の基本的な留意点を思い付くままにここにまとめておくことにしました。ここに書いてあることは自然科学や生物学の公的な文書を紙ベースで書く時に常識的に知っておかなければならないことで、本来は、論文や総説などを読んでいるうちに自分で気付き、学んでいかなければならないことです。論文や総説を読む時に文書としての形式にも注意を払って読むようにし、学術的な文書を書く時の約束ごとを自分でも学んでいけるようにしましょう。

以下には、たいへん些末に思えることも書いてあると思います。些末なことを書くのは自分でもいやなのですが、レポートなどを読む際に些末なことに割く時間をなるべく少なくして、内容を見るほうに時間を使いたいので、ここに書いたものです。理解してください。

  1. 段落は、意味のまとまりを表しています。文章を書く時、どこで段落を分けるかは意味を持っています。意味を考えて、内容のまとまりに応じて段落分けをするようにしてください。これは、日本語の文章でも外国語の文章でも同じです。全部の文に改行を入れたり、気のむくままに改行を入れるような書き方はやめましょう。

  2. 日本語の紙ベースの文章では、段落分けは国語の作文の授業で習ったのと同じ形式で行なってください。具体的には、新しい段落を始める時、1文字分、文字下げをして文を書き始めてください。段落と段落の間には、特に必要な場合を除いて空行を入れる必要はありません。

  3. 英語では、「blocked layout」という段落分けの仕方があります。これは、段落を分ける時に段落と段落の間に空行を1行入れるやり方で、その場合、段落の最初の文字下げはせず、すべて左端から書き始めます。これは海外のビジネスレターでよく使われる形式で、海外では、Eメールやウェブ上の文書にもその形式が流用されて、ウェブで主流になっています。これは、段落のまとまりがわかりやすく、特に、ブラウザで表示した時に読みやすいためです。日本語の文章にもそれが真似されて、ウェブ上の文書やEメールで使われていますが、本来のやり方を知らないままに使われているため、ウェブ上の日本語の文書では、段落分けの際に1回改行をするだけで空行を入れていない場合もみられます。また、はなはだしい場合は、ほとんどの文の末尾に改行や空行を入れてあるものもみられます。こういったものは文書の形式として日本でも外国でも在り得ない形式なので、レポートや論文を書く時は真似をしないようにしてください。

  4. 文章を書く時は、句読点を使ってください。文の末尾に句点(。)が打たれておらず、改行されているだけだと、その文が次の行の文に続くのか、それともそこで終わりなのかが読者には即座に判断できません。読者はいちいち次の行の文まで読んで確認して、初めて、文の末尾に句点が打たれていなかったのだと知ることになります。文末に句点を打たないのは読者にそのような作業を強制することであり、たいへんに不親切なことです。それ以前に、日本の近代化以降の学校教育を受けている人のすることではありません。

  5. 数字を書く時は、小数点はピリオド(「.」)、3桁ごとの区切りを表す点はコンマ(「,」)を使ってください。「0.145」、「14,523」といった具合です。国によってはこれが逆になる場合もありますが、日本語や英語ではこのように書く習慣になっており、日本語や英語の文でこれを逆にすると誤解を生じます。

  6. 図表には、図表の番号だけでなく、その図表が何を表しているのかがわかるようなタイトルも付けてください。また、図の場合は、通常、図の内容を説明する文も必要です。グラフを書いた時は、縦軸と横軸が何を表しているのかを必ず記入してください。グラフに書き込んだ数字に単位がある場合は、単位も必ず記入してください。

  7. 生物の学名はラテン語です。英語では、ラテン語はイタリック(斜体字)で書くことになっているので、生物の学名もイタリックで書きます。日本語の文章でも、これに準じてラテン語の語句はふつうイタリックで書きます。学名は、Escherichia coli とか Drosophila melanogaster とか Arthrospira platensis というように、2つの部分から成っています。生物の分類の「界門綱目科属種」のうち、学名の前半が属名、後半が種名を表しています。生物の学名は、その文書の中に最初に出て来た時には、属名と種名をフルネームで書きます。属名の最初の文字は必ず大文字で書き、種名の最初の文字は必ず小文字で書きます。同じ学名が同一の文書で2回目以降に出て来た時は、属名は「頭文字(大文字)+ピリオド」にして省略形で表します。E. coliD. melanogasterA. platensis といった具合です。このとき、属名の頭文字の後ろに付けたピリオドと種名の間には、必ず半角スペースを入れます。これは単語を分けるためのスペースなので、省略することはできません。学名のあとに株の名前を表す記号を書くことがありますが、これは通常は英語なのでイタリックにはしません。E. coli K12、E. coli JM109、E. coli BL21(DE3)、A. platensis NIES-39 といった具合です。株の名前は、大文字、小文字、ハイフンにも注意して、正確に書きましょう。これらを勝手に変更すると、科学上のコミュニケーションをとる時に混乱を生ずる可能性があります。この最後の点については、プラスミドやその他の試料の名前を書く時も同様です。

  8. その他、「in vitro」とか「in vivo」はラテン語なので、これらもふつうイタリックで書きます。

  9. 制限酵素の名前は、最初の3文字はその制限酵素が精製されたバクテリアの学名に由来します。これは、ラテン語由来なのでイタリックで書きます。そのあとの部分(株の名前を表すアルファベットと、その株の何番目の制限酵素かを表すローマ数字の部分)はブロック体で書き、イタリックにすることは決してありません。SacI、EcoRI、HindIII、BamHI、といった具合です。
    (補記: 制限酵素の名前の書き方は、現在は上記の書き方から変更されており、前半の3文字をイタリックにする必要はなくなっていることがわかりました。したがって、すべてブロック体で書いてかまいません。詳しくは、次の文献を参照のこと。Roberts, R. J. et al., A nomenclature for restriction enzymes, DNA methyltransferases, homing endonucleases and their genes. Nucleic Acids Res. 31, 1805-1812 (2003))

  10. 括弧は、日本語の文章では、特に理由がない限り全角の括弧を使ってください。半角の括弧を使う場合は、「(」の前と「)」の後ろに半角スペースを入れてください。全角の括弧を使った場合は、ふつうは対応するところに自動的にスペースができるので、わざわざスペースを入れる必要はありません。サンプルの名前を英語で付ける時に、名前の途中や最後に半角の括弧を付けて括弧内に数字やアルファベットを書き、それを名前の一部として使うことがあります。文章の中で半角の括弧を使う際、括弧の前後にスペースを入れるのは、それらと区別するための意味もあります。もしも例えば前の方のスペースを入れずに半角の括弧を書いた場合、それは、括弧の前の単語とひとつながりの1つの単語ということになります。プラスミドや株の名前の一部として括弧を使いたい時など、稀にこのような括弧の使い方をする場合があります。その場合は、もちろん括弧の前のスペースは入れません。3つ前の項目に書いた「E. coli BL21(DE3)」という株の名前はそれにあたります。BL21(DE3) はこれでひとつの株の名前なので、括弧の前にはスペースが入っていません。

  11. プラスミドや株の名前を付ける時に、スペース(文字の空き)が途中に入るような名前を付けることはできるだけ避けてください。複数の部分から成る名前を付けたい時は、スペースの代わりにアンダーバーやハイフンで繋ぐなどして、連続したひとつながりの名前になるようにしてください。これは、名前の途中にスペースが入っていると、名前を見た時に、ひとつの物を表しているのか複数の物を表しているのか判断ができなくなることがあるからです。

  12. 研究室内では英語の語句を使って話しているようなことであっても、文章が日本語の場合はできるだけ日本語で書いてください。例えば、「mutation」や「mutant」は、それぞれ「突然変異」、「突然変異体」という訳語が定着しているので、それらの語句を使ってください。保温した時は、「incubate した」とか「インキュベートした」ではなく、「保温した」と書いてください。片仮名表記が定着している語句を使う時は、英語での意味を考えて書くようにしてください。例えば、「ブロッティング」と「ブロット」は意味が違うので、使い分けましょう。

  13. 文献の情報や注釈を入れるために文の末尾に括弧を付ける時は、句点(「。」や「.」)の前に括弧を入れてください。

  14. 文献を引用する時は、末尾に文献リストを付けて、本文中のどこでどの文献を参考にしたのかわかるようにしてください。本文を第1章、第2章、…というように章立てにした場合でも、文献リストには章の番号は割り振りません。参考文献のリストは、「参考文献」とか「References」という標題を付けてレポートや論文の末尾に付けてください。

  15. 参考文献は、実際に目を通した文献を書いてください。必要な文献は、孫引きするのではなく実際に入手してデータに目を通してください。デジタル化されていない古い時代のものでも、多くの雑誌のバックナンバーは図書館に保管されていてコピーできます。また、大学内の図書館にない場合も、多くのものは図書館で申請すれば他大学からコピーを取り寄せられます。図書館で取り寄せできない場合は、論文の場合は著者と連絡をとって別刷りを取り寄せることを考えてください。図書館になく、新本も入手困難な書籍の場合は、古書店や、amazon.co.jp、alibris.com, abebooks.com 等で古書を入手することを考えてください。入手して目を通せない場合は、参考文献に加えることはあきらめてください。

  16. 本文と文献リストの対応付けの仕方は、大きくわけて、次の2つのやり方があります。
  17. 数字で対応付けるやり方: 本文中で、参考文献のある場所に、順番に括弧に入れるか肩付きにして数字を挿入しておく。レポートの末尾に参考文献リストを書き、各文献名の頭に数字を書いて本文と対応付ける。参考文献は、番号順に記載する。

    著者名と刊行年で対応付けるやり方: 本文中で、参考文献のある場所に、括弧に入れて著者名と刊行年を記載しておく。同一著者が同じ年に刊行した複数の文献を参考文献として挙げる場合は、刊行年の後ろに a, b, c…を付けてそれぞれの文献を区別する。レポートの末尾に参考文献リストを書く。参考文献リストは、著者名のあいうえお順、ABC順にし、同一著者の文献は発行年順にする。同一著者が同じ年に書いた複数の文献を挙げる場合は、本文の中と同様、発行年の後ろに a, b, c を付けて区別する。このやり方をした時は、参考文献のページでは、個々の文献の前に番号を振るようなことはしない。


  18. 参考文献の書き方は、既存の学術論文の参考文献のセクションを見て、どのようなバリエーションがあり、どのような書き方は使われないのか、各自で調べてください。紙ベースの文書での英語の文献の表記の仕方には、ある程度決まりきった仕方があることがわかると思います。以下に一応言葉で説明しますが、たいへんにわかりにくいと思います。実際の学術論文を見て、どのようになっているかを自分で調べるようにしてください。その方が、文で読むよりもずっとよくわかると思います。著者名を最初に書きます。著者が複数の場合は、最後の著者の名前の前に「and」か「&」を入れます。雑誌名はイタリックで書くことが多いです。巻(volume)の数字は太字で書くことが多いです。ただし、これらをイタリックや太字にすることは、雑誌によっては省略される場合もあります。雑誌論文は、その雑誌の第何巻に掲載された論文かは書きますが、第何号かはふつうは省略されます。雑誌の発行年は書きますが、発行の月日は書きません。生物学の論文では、雑誌の発行年は、ふつうは著者名のあとか一番最後に括弧に入れて書きます。また、上記の「著者名と刊行年で対応付けるやり方」のように本文中に括弧に入れて著者名と刊行年を挿入する時は、本文では、著者が3名以上の文献については著者名の一部を省略して記載します。その場合、最初の著者名だけを書き、それに続けて「et al.」と書いて、残りの著者名は省略します。「et al.」は、「and others」という意味のラテン語で、「et alii」(男性複数)、「et aliae」(女性複数)、「et alia」(中性複数)の共通の省略形です。イタリックで書くのは、ラテン語だからです。省略形なので、省略を表す最後の「.」(ピリオド)は省略できません。著者が2名だけの時は、「et al.」は使えません(「et al.」は「and others」という複数形の意味なので当然ですね)。この場合は、両方の著者の名前を「and」または「&」でつないで書きます。その他、単行本の中の章のひとつを参考文献として挙げる時やオンラインでの出版物を参考文献として挙げる時の書き方は、学術雑誌の投稿規定(Instruction to authors)や既存の論文を見て真似してください(先輩の書いたレポートは、非正規の書き方をしてあるものがあります。そのようなものよりも、学術雑誌に掲載されている論文や、学術雑誌の投稿規定に掲載されている記述例を参考にしてください)。言葉で読んだだけではわかりにくいですが、論文や総説での引用文献の書き方を実際に見れば、書き方は具体的にすぐにわかると思います。

学術雑誌を一冊選んで、それに掲載されている論文を注意して見ると、ひとつの雑誌内では参考文献の書き方などの形式がどれもまったく同じになっていることがわかると思います。これは、知らないうちに文字が勝手に並んでそうなっているのではなくて、わざわざ形式を整えてあるから同じ形式になっているのです。そのために、論文を投稿する時には、投稿する人が、その雑誌の形式に合わせて原稿の体裁を整えて投稿することになっています。大学や大学院は、それぞれの分野でプロとしてやっていくための基礎を身につけるところです。また、大学院生は、本人の自覚のあるなしに関わらず、外部の専門家からは、駆け出しとはいってもプロの一人と見なされます。論文やレポートの簡単なフォーマットすら整えられていない場合、既に駆け出しの段階から、その人はプロとしてやっていくのは難しいのではないかと、他の人に見なされることになってしまいかねません。そのようなことは、場合によっては実際に就職に影響を及ぼすこともあると思います。(文書のフォーマットを整えることができない、あるいは、整える気が無いということは、他の人が代わりにそれをやってやらなければならないということです。そのような簡単で地味な作業を、自分でやらずに他の人にやってもらおうとする人と、誰が一緒に仕事をしたいと思うでしょうか。)

ここに書いたようなことは、私が学生だった頃は、特に人から教わることもなく、学生は誰もが既存の論文や総説を見て自分で自然に学んでいったものでした。文書を書く時の約束ごとをここにすべて書ききることはできないので、最初にも書いたように、論文や総説を読む時に文章の形式などにも注意を払って読むようにして、文書を書くときの約束ごとを自分で学んでいけるようにしてください。

大学や大学院を出た後は、必ずしも専攻した分野の仕事に就くのではなく、それ以外の分野の仕事に就くこともあるかもしれません。しかし、どんな分野であっても、習慣的に決まったフォーマットに従って文書を作成する必要が、必ず出てきます。文書の書き方や形式に注意を払うことは、就職したあとにも必ず役に立つと思います。

(2012年2月6日)


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京都大学 生命科学研究科 遺伝子動態学分野 白石英秋