トップページ >> 研究の概要go to English page

研究の概要

期間:平成20年度〜平成24年度

 生命をつかさどる遺伝情報の翻訳、シグナル伝達、エネルギー変換などの現象は、タンパク質等の生体分子に担われ、その本質は細胞内外での制御された化学反応の連鎖である。したがって生命現象の真の理解は、これらの反応を分子科学の言葉で理解することで達成される。そのためには、生体分子が引き起こす化学反応と反応ダイナミクスを解明する必要がある。さらに、ナノメートルサイズの生体分子は体温環境下の溶液中で機能しているため、絶えず強い熱揺らぎにさらされ、生体分子への入出力は確率的である。確率入出力でありながら確定的な生命現象を創出する基礎は何か、あるいは生体分子がいかにして揺らぎを逃れ、あるいは逆に有効に利用して機能を発揮しているのか明らかにすることは、生命分子科学の最も本質的な課題でありながら、これまで組織的、系統的に研究されてこなかった。例えば、揺らぎが、機能反応の分子論的理解の本質である事は、天然変性蛋白質と呼ばれる、天然状態で固有の構造を持たない蛋白質が数多く見出されてきていることからも次第に認識されつつある。天然変性蛋白質は、その結合すべき相手分子に対応して形を作り、多様な標的の認識を可能にしていると考えられている。これは、蛋白質による分子認識の古典的描像である“鍵と鍵穴”モデルを否定し、誘導適合の概念の大幅な変更を促すものである。このような分子認識形態を構造と揺らぎの相関として普遍的に解明することは、生命分子の機能制御の本質を解明することにつながるであろう。ところが、揺らぎと言う概念が多くの分野で多様に解釈されており、さらにその検出の困難さもあり、組織的研究は困難であった。

 この新学術領域研究では、物理・化学・薬学・医科学分野の研究者により、揺らぎを中心にして生体分子の機能から生命現象を理解する生命分子科学の融合分野を創出する(図)。
図:生体分子機能発現機構の理解には3つの分野の存在と発展が重要。
このために、「揺らぎを観る」、「揺らぎをつくる」、「揺らぎを使う」ための3つの研究項目を構成し、それぞれの班での成果を基に班間融合を図る。

 A01揺らぎ検出項目においては、構造やエネルギーなどのさまざまな揺らぎ検出手法の開発を主として、それを用いた生体分子の機能とのかかわりについて明らかにする。また、実験で得られた情報を元に、理論的に分子レベルで見た揺らぎとダイナミクスの関係を解明する。これらを通して、揺らぎから機能へ至る分子機構を明らかにし、動力学的性質の解明等基礎科学に貢献するとともに、構造生物学情報に基づいた創薬の可能性を革新的に広げる等の応用分野も開拓する。

 A02揺らぎ制御項目においては、アミノ酸置換や欠損、挿入などの変異蛋白質などを駆使して、揺らぎを制御する観点からの研究を推進する。アミノ酸配列は、立体構造を決定するのと同様に、揺らぎを制御しているはずであり、アミノ酸の情報変化が引き起こす構造揺らぎの解明に取り組む。例えば、天然変性蛋白質のモデル系を開発し、揺らぎが機能とどう関わっているのかを明らかにする。

 A03揺らぎと機能項目においては、DNA・蛋白質・膜など生体分子全般にわたり、機能に直結する揺らぎを検出し、機能との関連に重点をおいて明らかにする。一方、分子動力学シミュレーションと統計力学を用いた二方向から、揺らぎと機能を結び付ける理論構築を行い、生命現象を「説明」するだけでなく「予測」する理論を発展させる。

 以上の研究項目の成果を統合して、「構造から機能」という従来のパラダイムを離れて、「揺らぎから機能」へという新しいパラダイムを構築することが大きな目標である。