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スピン偏極電流への一里塚---巨大Rashba効果

半導体ヘテロ界面などの2次元電子系において、2次元面に垂直な方向に電位勾配を与えると、2次元面内を運動する自由電子に、波数ベクトルkに比例したスピン軌道相互作用が働きます。その結果、電子スピンは、2次元面の法線ベクトルと波数ベクトルkの両方に垂直な方向に量子化され、バンドが分裂します。ここで重要なことは、kの符号を反転すると電子スピンの向きも逆になるということです。これをRashba-Bychkov効果(あるいはRashba効果(ラシュバ効果))と呼びます。

表面においては反転対称性が破れているので、ヘテロ界面と同様にRashba効果が生じると期待されます。実際、1990年代後半になってAu(111)の表面状態バンドにRashba効果によるスピン分裂が観測されました。しかもそれは半導体ヘテロ界面での分裂より1桁大きいものでした。その後、Bi結晶表面においてさらに大きなRashba効果が発見されました。Biは、非放射性元素としては最大の原子番号を持つので、Rashba分裂の大きさはこれが限界かと思われました。

ところが、数年前に当研究室の中川君らが研究していたBi/Ag(001)系の膨大なARPESデータを検討したところ、単体Biよりもさらに1桁大きなRashba分裂があることがわかりました。Rashba効果の大きさを表すRashbaパラメータをαRと呼びますが、単体Bi(111)のαR〜0.73 eV Åに対して、Bi/Ag(001)ではαR〜3.6 eV Åにもなります。そこで、我々はこれを「巨大Rashba効果」と呼ぶことにしました。(これより以前に、HgTe/HgCdTe量子井戸の研究論文において”giant Rashba effect”という言葉が使われています(Semicond. Sci. Technol. 21 501-506 (2006))。この量子井戸ではαR〜1 eV Åが得られています。)われわれとは独立にヨーロッパのグループがBi/Ag(111)系でも同程度(αR〜3.1 eV Å)の大きさのRashba分裂を発見し、ほぼ同時に(正確には我々よりわずか3週間遅れで)発表しました。この結果は第一原理計算でも再現され、巨大Rashba効果の実在が確実なものとなりました。巨大Rashba効果によるスピン分裂は非常に大きなものなので、上手に活用してやると、完全にスピンの向きを制御して巨視的な電流をを自在に作り、操るデバイスが実現できるかもしれません。(Phys. Rev. B 75, 155409 (2007))