English pages

表面水酸基のトンネル・ダイナミクス

最近の論文の紹介。 ("Tunneling dynamics of a hydroxyl group adsorbed on Cu(110)", PRB 79, 035423 (2009).)

金属表面上に水の単分子から人工的に生成した孤立水酸基(OH)の構造や振舞いをSTMによって微視的な観点から研究を行いました。Cu(110)表面において水酸基は表面に対して傾いた構造をもっており、等価な状態間を行き来(switch)していることがわかりました。また、表面孤立水酸基は水素を含む非常に簡単な系です。水素原子は最も単純な元素であり、またその質量が小さいため量子効果が顕著に現れる物質でもあります。量子効果にはトンネル効果、ゼロ点振動、非断熱効果、量子統計性といったものが考えられます。発表した論文中では右の図のように二重極小のポテンシャルに束縛された水素原子のダイナミクス(トンネル効果)についても述べています。

[Fig. 1] 表面の孤立水酸基は水モノマーにSTMから電子を打ち込むことで水素を1つ引き抜き、人工的に生成することができます。(a)-(b) OHの生成を捉えたSTM像です。水モノマーに~2 Vのパルス電圧を印加することで水酸基が生成します。この解離反応はモノマーのホッピングと競合するため元の水モノマーの位置とは離れたところに水酸基が生成します。右下の小さなくぼみは目印として用いた不純物ないし格子欠陥です。(c) 水酸基の吸着サイトは水モノマー(on-top)を基準として決定しています。白い線はCu(110)の格子点を示しており、水酸基が2配位のshort-bridgeサイトに吸着しているのがわかります。




[Fig. 3] (a) OHとODを同時に捉えたSTM像です。STM像を見る限り両者に大きな違いは見られませんが、ODの片方のくぼみの上にSTM探針を固定しFB回路を切断した状態でトンネル電流を測定すると(b)に示したように2状態を行き来する電流‐時間のプロットが得られます。これは(c)に示したような水酸基のswitchに対応します。なお、高電流(明るい)状態は探針の下に水素が存在している状態に帰属しています。





[Fig. 4] (a) DFT計算によって求めたOHの安定構造です。水酸基は[1-10]方向にその分子軸を傾けて吸着しています。(b) 計算によって求めた水素の側方座標に対するPotential Energy Surfaceです。水素は基底状態をトンネリングによって行き来していると考えられます。




[Fig. 5] 水酸基の片方のくぼみの上に探針を固定して測定したI-VおよびIETSスペクトルです。OH、ODともにピーク(負バイアスではディップ)が観測されます。挿入図はODの明るい状態の占有率を各バイアス電圧に対してプロットしたグラフで振動励起に対応するエネルギー(42 mV)を閾値として占有率が増加しているのがわかります。つまり、IETSのピークは振動励起とswitchとがカップリングし、2状態の占有率が変化(明るい状態が増加)することで現れていると考えられます。














[Fig. 6] IETS強度の空間マッピングです。測定は各測定点でFBのon/offを繰り返しながら、各点でのZの値とIETS強度を読み込んでいます。 (a)は強度分布、(b)は同時に得られたTOPO像です。ピークの分布は像のくぼみの範囲と一致しています。また、強度分布を見ると、分子の中心付近ではディップが観測されているのがわかります。これは振動励起に伴い水素の空間的な再分配が行わるためではないかと考えています。



2009/02/06 T. Kumagai