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新規有機−無機ハイブリッドエアロゲルのナノ構造制御と力学特性 †
アルキル基などの有機物とシリカ骨格などの無機物が分子レベルで混ざり合った、「有機−無機ハイブリッド体」という物質群があります。これは、主に無機物に由来する高い機械的強度と有機物に由来する機能性や柔軟性を組み合わせたものであり、ユニークな物性を有する材料として期待されています。
私たちの研究グループでは、ゾル−ゲル法を利用した、新規有機−無機ハイブリッドエアロゲルの作製を行っており、ユニークな力学特性を発見しました。一般的にエアロゲルとは、高い気孔率(> 90 %)、低密度(~0.1 g/cm3)、高い可視光透過率(> 90 %)に代表されるように、最も軽い固体で、なおかつ光をよく通す性質をもつ多孔体を指します。気孔率が高いため屈折率が低く、輪郭のはっきりとしない、ぼんやりとした固体物質です。このため、「Frozen Smoke(凍った煙)」とも呼ばれています。エアロゲルはわずか数十nm(髪の毛の太さの1000分の1)という極めて小さい細孔を多数持っており、その入り組んだ細孔構造のため、気体の対流伝熱が起こりにくく、非常に優れた断熱性をもっていることが知られています。
そんなエアロゲルの多くは純シリカ(SiO2)で出来ていますが、非常に希薄な固体ゲルからなる骨格構造をとっているため、力学強度に乏しく、脆性(脆い性質)の大きい物質です。私たちは、エアロゲルに柔軟性をもたせるため、純シリカではなく有機−無機ハイブリッドで作製しました。上図に示したような、メチルトリメトキシシラン(MTMS)を出発原料とすると、Si-Oの無機網目にメチル基が修飾されているようなハイブリッドネットワークができます。MTMSは、高い疎水性のため水溶液中では均一なゲルを作るのが難しいので、適切な界面活性剤により重合体を可溶化させながら重合し、さらに重合過程でpHを上昇させて重縮合反応を促進しました。これには、尿素を出発溶液にあらかじめ添加しておき、重合過程で少し加熱してアンモニアが発生するようにしておく方法を用いました。これにより、空間的・時間的に均一なpH上昇が可能となります。
このようにして得られたメチルシロキサン網目のエアロゲルが下段に示されています。上述したように、通常のエアロゲルは非常に脆いものですから、湿潤ゲルから溶媒を除去する際にゲルが収縮したり縮んだりしてしまいます。これを避けるために後述の、特殊な乾燥法である超臨界乾燥を用いて、まずはエアロゲルを作製しました(超臨界乾燥で作製したものをエアロゲル、通常の蒸発乾燥によって作製したものをキセロゲルと呼び分ける分類法もあります)。界面活性剤として、非イオン性の界面活性剤であるポリエチレンオキシド-ポリプロピレンオキシド-ポリエチレンオキシドのトリブロックコポリマー(Pluronic F127)あるいはカチオン性界面活性剤である臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム(CTAB)を用いました。F127を使用した場合は、その高い粘性から重合過程で発生する共連続状の網目構造が断裂することなくゲル化し、光透過率はあまり高くないものの、機械的強度の高いエアロゲルが得られました(右下の電子顕微鏡写真)。また、CTABを用いた場合は、MTMSをより強く可溶化するため、また、溶液の粘度が上昇しないためより細かい粒状の骨格となり、機械的強度は低いものの、光透過率の高いエアロゲルが得られました。
このように作製した有機−無機ハイブリッドエアロゲルは、面白い力学特性を示します。上段の図は作製したエアロゲルを一軸圧縮した様子ですが、上方からの負荷に対してゲルは一旦大きく収縮したあと、負荷を取り除くと完全に変形回復しています(この現象は「スプリングバック現象」と呼ばれています)。つまり、スポンジを圧縮したときのような挙動をしているわけです。これは脆性の大きい純シリカエアロゲルでは考えられないことで、非常に優れた力学特性であると言えます。
このように圧縮応力にも耐えるということは、上述の超臨界乾燥をわざわざ行わなくてもエアロゲルを作れる可能性があるということなのです。通常、溶媒を蒸発させる乾燥法では、溶媒の蒸発に伴い毛細管力が働き、結果ゲル全体に圧縮応力がかかります。このため、通常のエアロゲルは収縮したり割れたりするわけですが、圧縮試験の様子から、このハイブリッドエアロゲルは、蒸発による乾燥時に発生する圧縮応力に大しても同じような挙動を示し、その結果、収縮やひび割れなしの乾燥ゲル(エアロゲル状のキセロゲル)を作製できる可能性があります。後述するように、超臨界乾燥では高圧を使用するので(溶媒によっては高温も!)、これに対し溶媒蒸発による乾燥を常圧乾燥と呼んでいます。
先ほどから「超臨界乾燥」という言葉が何度か出てきましたが、ここで少し説明しておきます。例えば水なら、氷-水-水蒸気というように、物質には固体-液体-気体の三態が存在します。左下の温度-圧力状態図は二酸化炭素のものですが、概ね低温・高圧状態における固体相、高温・高圧における液体相、そして低圧における気体相があります。温度と圧力を同時に上げていった時、臨界点(C)に達します。この点では、液体と気体の区別がつかない特殊な状態(臨界状態)となっており、毛管力の原因となる表面張力が働きません。そこで、ゲル中の溶媒を液体の二酸化炭素で置き換え、点線の矢印で示したようなルートで、すなわち表面張力が発生する気-液境界をまたぐことなく、気体の二酸化炭素にすることで、表面張力のかからない、超臨界乾燥が実現できるのです。
上の表には様々な物質の臨界温度・圧力が記してありますが、どれも高圧(1気圧は約0.1 MPa、よく用いられる二酸化炭素でも70気圧以上!)と、物質によっては高温が必要であり、超臨界乾燥は危険の伴う作業なのです。このため、超臨界乾燥を用いずにエアロゲルを作製するのは、多くのエアロゲル科学者の夢であり、産業的にも重要なのです。
上図は、私たちが作製した、超臨界乾燥によるエアロゲルと常圧乾燥によるエアロゲルを比較しています。ゲルの外観もほとんど同じで区別がつきません。電子顕微鏡で見た細孔構造も、スプリングバック現象の影響を受けることなく、ほぼ超臨界乾燥エアロゲルと同一に保たれています。左下は窒素吸着法によって得られた細孔径分布図ですが、どちらのゲルもほぼ同じ細孔径(60 nm)付近に細孔が集中しており、その細孔構造があまり異なっていないことを示しています。これらの結果より、常圧乾燥によって超臨界乾燥で作製したエアロゲルと遜色ないエアロゲルが作製できたといえます。
現在は、常圧乾燥で作製できるエアロゲルの物性を自由自在に制御したり、大きな(例えば10 cm四方)のものを作製することに取り組んでいます。また、私たちの作製したエアロゲルと通常のエアロゲルとの相違点や、その微細な構造のできかたを調べるために、小角X線散乱法(SAXS)など各種解析法を用いた解析も進めています。
For the review in English, please visit Kanamori's personal website (here).
by Kazuyoshi Kanamori
論文 †
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- Kazuyoshi Kanamori, M. Aizawa, Kazuki Nakanishi and Teiichi Hanada, J. Sol-Gel Sci. Technol., 48, 172-181 (2008). DOI:10.1007/s10971-008-1756-6
- Kazuyoshi Kanamori, Kazuki Nakanishi and Teiichi Hanada, J. Ceram. Soc. Japan, 117, 1333-1338 (2009). DOI:10.2109/jcersj2.117.1333
- Kazuyoshi Kanamori and Kazuki Nakanishi, Chem. Soc. Rev., 40, 754-770 (2011). DOI:10.1039/C0CS00068J
- Kazuyoshi Kanamori, J. Ceram. Soc. Japan, 119, 16-22 (2011). DOI:10.2109/jcersj2.119.16
- Kazuyoshi Kanamori, Yasunori Kodera, Gen Hayase, Kazuki Nakanishi and Teiichi Hanada, J. Colloid Interface Sci., 357, 336-344 (2011). DOI:10.1016/j.jcis.2011.02.027
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- 金森主祥, 早瀬元, 中西和樹, 粉体および粉末冶金, 59, 320-325 (2012).
- Masayuki Kurahashi, Kazuyoshi Kanamori, Kazuyuki Takeda, Hironori Kaji, and Kazuki Nakanishi, RSC Adv., 2, 7166-7173 (2012). DOI:10.1039/C2RA20799K