研究内容

 水の中で光合成を行って生活している微生物は、サイズが小さく、人の目に触れる機会がほとんど無いため、これまで人類にはあまり利用されてきませんでした。しかし、これらの微生物は人の目に触れないところで多様な進化を遂げており、中には人類にとって有用な形質を持っているものもいます。分子遺伝学のバックグラウンドを生かして、これらの光合成微生物を使った新しい切り口の研究にチャレンジしています。

食用シアノバクテリアの分子生物学

arthrospira

シアノバクテリア(藍藻)は、25億年ほど前に地球上に大発生し、現在も地球上で繁栄している光合成微生物です。この生物は、増殖に必要なタンパク質やさまざまな有機化合物を、大気中の二酸化炭素を利用して合成するとともに、酸素を生成して大気中に放出しています。現在の地球上に酸素が豊富にあり、酸素呼吸を行なう生物が繁栄しているのは、地球上での生物の進化の初期にシアノバクテリアが大繁殖し、それが光合成を行なうことによって、酸素を大量に大気中に放出したことが原因と考えられています。また、植物の細胞内で光合成をおこなっている葉緑体は、真核生物の細胞内に共生したシアノバクテリアが起源と考えられています。

シアノバクテリアは、現在の地球上でも多くの種類が繁栄しています。その中には毒素を産生するような有害なものもありますが、中には、人が食糧として利用できるものもあります。例えば、日本で高級食材として知られている水前寺海苔は、シアノバクテリアの一種を海苔状に加工して食品にしたものです。また、アフリカや中米にも、シアノバクテリアの一種を食糧として利用してきた地域があります。その地域で利用されてきたシアノバクテリアは、現在、食品や飼料として世界中で利用されているほか、健康食品や栄養補助剤としても利用されています。

シアノバクテリアは、生物学の基礎的な研究の材料としても魅力的な生物ですし、また、食品として利用可能なものがあるなど、実用の面でも大きな可能性を秘めています。このようなシアノバクテリアの中で、大量培養や収穫が容易で世界中で産業利用されている食用のシアノバクテリア、 Arthrospira (通称、スピルリナ)を中心に分子遺伝学的な研究を進めています。その研究は、地球環境問題や食糧問題の解決に必ず貢献できるはずです。

論文

ボルボックス目の生物群の多細胞化のメカニズム

Volvox

ボルボックス(Volvox carteri )は、右の写真のように、小さな約2000個の体細胞(somatic cells)が球状の構造(spheroid)をつくり、その球状体の内部に12〜16個の生殖細胞(gonidia)が入っています。細胞どうしの間隙は、細胞から分泌された糖タンパク質で埋められており、これらの糖タンパク質がつくる構造は、細胞外マトリックス (extracellular matrix)と呼ばれています。細胞外マトリックスは透明なため、写真では見えません。

Life Cycle of Volvox

ボルボックスは、通常、無性生殖によって増殖します。まず、親個体の中で生殖細胞が細胞分裂をおこない、細胞の塊ができます。 その際、不等分裂によって12-16個の大きな細胞ができ、これが次世代の生殖細胞になります。

予定生殖細胞である大きな細胞は、最初、細胞塊の外側に位置していますが、やがて、予定体細胞である小さな細胞群がインバージョン(inversion)と呼ばれる細胞運動を起こし、大きな細胞が細胞塊の内部に取り込まれます。

その後、細胞が糖タンパク質を分泌し、これが細胞と細胞の間に蓄積していって、個体(球状体, spheroid)のサイズが大きくなっていきます(expansion)。そして、ある時期に、娘個体が親個体を破って外界に放出されます(ハッチング, hatching)。

Hatching of Volvox

右の写真は、ボルボックスの娘個体が、親の体細胞シートを破って外界に出て行くところです。この"ハッチング"の際には、親の体細胞シートを特異的に分解する酵素が娘個体から分泌されます。この酵素の遺伝子を単離し、解析した結果、この酵素 Volvox Hatching Enzyme A (VheA) の翻訳後調節によってハッチングのタイミングが調節されていることが明らかになりました(Fukada et al. 2006)。

娘個体が放出されたあと、親の体細胞はしばらく生きていますが、増殖することはなく、細胞死を起こして死んでいきます (Shimizu et al. 2001, 2002)。

Various Stages of Volvox carteri

右の写真は、ボルボックス (Volvox carteri)のいろいろなステージの個体を並べて撮影したものです。左の個体では、親の体の中に、形態形成を完了した娘個体が入っています。これが外界に放出されて大きくなり(中央・右)、個体内で生殖細胞が形態形成をおこなって、再び左の個体のような状態になります。

ボルボックスは、ふだんはこのように無性生殖で増殖しますが、温度ショックなどがかかると有性生殖が誘導され、雄株と雌株は、それぞれ精子束(sperm packet)と卵(egg)と呼ばれる生殖に特化した細胞を形成します。生殖に特化した細胞では、生殖に特異的な遺伝子群が発現しており (Aono et al., 2005)、雄株から泳ぎ出した精子束が雌株の内部にある卵と融合して、生殖がおこなわれます。

ボルボックスは単細胞生物のクラミドモナスときわめて近縁な生物ですが、体制や生殖の様式がクラミドモナスよりもずっと進化しており、また、これらと近縁な生物には、クラミドモナスとボルボックスの中間的な細胞数や生殖様式を持つ生物群が存在します。これらのことから、ボルボックス目の生物群は、多細胞生物の進化の研究に適した生物群です。

研究室では、単細胞生物からボルボックスのような多細胞体制をもつ生物が誕生した際に、どのような遺伝子がその進化にかかわったのかを解明するために、ボルボックスの生活環の特徴的なステップに働く遺伝子の解析を進めました。(なお、現在は、ボルボックスの研究は休止中です。)

論文


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 白石は、いわゆる「ファージ・グループ」に連なる研究室で研究をスタートしました。ファージ・グループの余韻の中で分子生物学の研究を始めることのできた最後の世代です。

京都大学 生命科学研究科 遺伝子動態学分野